1000キロの親孝行① からの続き

ただの泊無しでも結構しんどいのに、2泊では体力や精神力に無理があったので1泊で押し切って退院に伴って出た大量の荷物と一緒にマイカーで和歌山に向かった。

和歌山に着くと
「○○さんに会いたい。」
と言ってきた。

「場所を教えてくれると行くよ。」
と言うと、
「そこの信号右。
 次を左。」
とか言い始めたので、そのとおり運転すると、しばらくして

「判らん!
 こんな場所じゃなかった。
 ○○さんの家に行く!」
と完全に道が判らなくなってしまっていた。
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行けたのは偶然見つけた以前働いていた中華料理屋さんだけで、何処にもたどり着けず、行く意欲もなくしてしまった母に変わってしまった。
「何で思い出せんのやろう。
 頭にくるなぁ、私のあたま。」
と、かなり落ち込んでしまった。

友人宅訪問を諦めて、チェックインできる午後3時にはホテルに入る事が出来た。
健常者の旅行ならホテルは沢山あるが、車椅子の欠かせない障害者の宿泊であれば和歌山市といえども部屋数は多くなく、あっても段差があったり車椅子に十分なスペースがないホテルも多く、ホテル選びには多くの時間がかかった。

行ったホテルは和歌山城の近くのホテルで、風呂やトイレもバリアフリーで階も上層階という事だった。
部屋にいると大きなスライドドアや手すりを備えた広いトイレとバスを備えた部屋で、期待していた設備は整っていた。
障害者施設なら当たり前のこの程度の設備が、ホテル東横インの例を出すまでもなく巷では結構ありそうでないのだ。

手すりはついているので風呂も一人で入れそうと思ったが、この風呂のせいで私にとんでもない作業が待っているとはこの段階で知る良しもなかった。

                        -つづく-

 ・・・おの・・・