イメージ 1

疲労感を感じながら歩き続け高架道路になっている部分に差し掛かった時、何かを感じて目の前の道路を注視した。
良く見えないが何かがある気がしたのでゆっくり気をつけながら進むと、歩道に丸い物が落ちているかと思ったら大きな穴があいていた。
人が充分落ちられるだけの大きさと、落ちれば大怪我をするのに十分な5メートルほどの高さを持った穴だった。
自動車のライトの光でボンヤリと穴は見えるが、もう少し暗ければ気づかずに落ちるところだった。
横の車道と歩道の欄干は全く壊れていないのに、歩道に何故だか大きな穴があいていた。

歩き始めて4時間か5時間経ったのだころ、やっと中心部の三宮付近に着いた。
車のライト以外は光の無い、初めて見る闇の三宮である。

職場で泊まり、翌朝自宅に歩いて行ったが地震の爪あとは大きく、家の近くの何回か行った喫茶店の入ったビルは完全に倒壊していたし、家の近くの神社の壁は倒れガソリンスタンドの屋根も落ちていた。
30分ほど歩いて自宅についたので家の中を確認してみた。
神戸市内でも揺れ方に大きな差があったようで、私の家や家具には何ら被害が無かった。
壊れたのは食器棚に入れてあった背の高いワイングラス1個と、テレビの上に置いてあった貯金箱くらいだった。
食器棚も開いていないしテレビも台の上に載ったままで、タンスも何事も無かったかのように平然と立っていた。

もう11年も前のことだが震災直後の事は鮮明に覚えており書き出せばきりが無いし、体験談を書いた手記のようなものは沢山あるのでこの辺で止める事にする。

地震に備えて用意しておく物を記事にしたサイトがいろいろあるので、出来れば家が壊れても取り出せるところに準備しておかなければいけないと思いつつ11年が過ぎた。
しかし、大震災のとき大変役にたったスクーターは今でも乗っている。
破壊された街では車は渋滞で余り役に立たないのと対照的にバイクはこのような状況下で抜群の機動力を持つ。

大型バイクやオフロードバイクもいいが、私的にはスクーターが積載性や取りまわしやすさを考えたらベストだと思う。
当事持っていたのは80CCのスクーターだったが、そこそこ走るし、荷物が荷台から足元のフラットなスペースまで大量に積めるのがいい。
ビールを飲みたがる友人の要望に、バイクで出動して見つけた酒屋で5ケースのビールを買って、紐の力を借りたとはいえバイクに積んで帰ってきて喜ばれたのが懐かしい。

ほんとに南海大震災みたいなのが来て街が破壊されてしまって生きていれば、スクーターは家族単位の物資や人の輸送には最強の戦力となるだろう。

写真は家の近くの喫茶店の入っていたビル。
  
・・・おの・・・