伊予の女性は総じて小顔だ。それは物の本に書いてあることではなく、わたしの印象だ。

伊予の女性は黒が似合う。それもわたしの印象だが、ホテルでも料理屋でも、和服でも洋服でもクラシックな黒が多かった。古い城下町の格式と気品を表現しているようで、穏やかな緊張感が心地よかった。

松山を訪れたのは40年ぶりで、その頃は”坊ちゃん”の街だったが、現在は”坂の上の雲”の街になっていた。

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松山での最初の食事は全日空ホテルの6階にある和食の「雲海」だった。


ムルソー日記~太陽に向かって撃て!~-全日空ホテル「雲海」

目の前に日本庭園があり、その向こうは松山城をのぞむ美しい景観の部屋だった。


食事はお造りと天ぷらのごく普通の和定食だったが、天ぷらは揚げ立てで、お造りの鮪と鯛もよく吟味されていた。


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夕食は創業375年という老舗の郷土料理の「五志喜」で、鯛めしと五色そうめんが名物だ。


ムルソー日記~太陽に向かって撃て!~

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(鯛と五色そうめん)


伊予の鯛めしは”づけ丼”で、”そぼろ丼”の松江の鯛めしと比べれば素朴な郷土料理だ。


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鯛と付け汁が別々にあって、自分で付け汁に鯛を入れてどんぶりに盛る。それに付け汁をかけて食べるが、付け汁は味が濃いのでかけ過ぎないようにするのがポイントらしい。


コース料理にしたが、鯛めしの後が鯛と五色そうめんで、東京なら順序が逆になっていたところだろう。


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夕食の後は松山の繁華街を散策した。


遅い時間になると愛媛大学と松山大学の学生が多いとスナックのママさんが言っていたが、この日もあちこちに学生の集団がたむろしていた。


城下町は学生に対してやさしく大らかなところが多いが、松山も変わらないようだ。


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2日目の朝食は全日空ホテルの14階にある「プロヴァンスダイニング」だった。


昼と夜は北イタリア料理と南フランス料理を融合させたプロヴァンススタイルのレストランのようだが、朝食は和洋折衷のバイキングだった。


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松山城をのぞむ窓際がカウンター席になっていて、料理自体はさほどではなかったが、景観と店の雰囲気は一流のものだ。


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朝食後、ホテルの近くにある「坂の上の雲ミュージアム」と松山城を散策した。


「坂の上の雲ミュージアム」は平成18年竣工の現代的な建物で、設計は安藤忠雄氏だ。


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「坂の上の雲」の主役である秋山兄弟と正岡子規に関係する所蔵品が多いが、当時の松山の街に関する資料や維新前後の明治の時代背景を紹介する展示品も多い。


伊予の方言は男ことばと女ことばのちがいがないのが特徴と言われるが、秋山家の家族写真を見ているとその意味がよくわかる。


写真の前列は女性陣で、後列に男性陣が並ぶ。主役の秋山好古は後列のいちばん端にいて、松山の土地柄や福澤諭吉の思想に共鳴した秋山好古の生き方が伝わってくる。


伊予の男は欲がないとスナックのママさんが言っていたが、男も女も互いの存在や役割をよく承知しているのだろう。


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松山城を訪れたのも40年ぶりだ。


高い石垣の美しさと観光名所ながら華美な装飾のない城の姿は40年前と変わらなかった。


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雨模様の予報だったが、幸いに天気もよく、本丸の広場から見る瀬戸内海の眺めは絶景だった。


毎日、この眺めを見ていた人は何を考えていたのだろう。きっと何も考えなかったのかもしれない。日常とはそういうもので、何事にも飽きないこと、毎日が変わらないことの幸せを知っていたのだろう。


ある人から「県名と県庁所在地名が一致しない県は佐幕藩だった」と聞いたことがある。松山もその1つで、維新の戦いに敗北して土佐藩の管理下に置かれた。


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松山城の後は道後温泉に向かい、坊ちゃん湯の近くの大和屋本店で昼食をいただいた。


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大和屋本店は「風姿花伝」をテーマにした宿で、館内に能楽堂もあるようだ。


昼だったが、地元の名酒の「石鎚」もいただいた。辛口だが舌に残らないまろやかさがあって、このようなお酒のあるところは料理の質も高い。


道後温泉も40年ぶりで、以前のような素朴で猥雑な賑わいはなくなっていたが、すべてがレベルアップしたような印象だった。


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松山の名物と言えば「じゃこ天」ぐらいしか知らなかったが、名物がないのではなく、魚も野菜も果物も麺も味付けもお酒もすべてのレベルが高くて、だから名物がないのだと納得した。


このように恵まれた土地の人間は欲がないというのもよくわかる。


「坂の上の雲」の主人公も出世する使命を背負って松山を出るが、3人とも最後は欲のない生き方を選択する。


”ゆったり、まったり、おっとり”が伊予の人間だと言われるが、欲のない人間は時代や人の心がよく見えるようだ。


その生き方や心は今も変わっていない。それが人間としての最上の豊さなのかもしれない。


(FIN)