昨晩はレーヴディソールの祝勝会で遅くなったため、今朝は10時半にNさんのアパートに着いた。


「おはよう。昨日は楽しかったね」


とNさん。いつもの笑顔で、この人の辞書には「疲れ」という言葉がないようだ。



アグネスタキオンの熱烈なファンであるNさんにとっては、今日も大切な一日だ。皐月賞の出走権を賭けて、デボネアが弥生賞に出走するからだ。


「ヤスさんの店には3時集合だから、それまでは2人で頑張ろう」


とNさん。


今日のNさんは次の3つがねらいのレースだ。


○阪神4R 3歳未勝利 ダ1400m:ファンドリソフィア
○阪神5R 3歳新馬 芝1600m:オークヒルパーク、ピグモン
○中山11R GⅡ弥生賞 芝2000m:デボネア



僕のねらいは次の3レースだ。


○小倉5R 3歳未勝利 芝1800m

○中山6R 3歳未勝利 芝2200m

○阪神9R アルメリア賞 芝1800m


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「まずは、阪神4Rから見てみようか」


「初ダートが4頭いるよ。その中から選んでみたら」


とNさん。1番のマイネルデフィ、3番のマコトローゼンボー、5番のシルクフェリーチェ、10番のアスターファイターの4頭だ。


「血統的に見ると、1番のマイネルデフィと5番のシルクフェリーチェの2頭だね」


と僕が応えた。1番はアグネスデジタル産駒、5番はネオユニヴァース産駒だ。


「人気はどう?」


「1番のマイネルデフィは22倍台、3番のマコトローゼンボーは49倍台、5番のシルクフェリーチェは2倍台の1番人気、10番のアスターファイターは120倍で最低人気だね」


「初ダートの馬が1番人気なの?」


「みんな考えることは同じなんだね」


「ヤスさんなら笑って切っちゃうでしょうね」


「そうだろうね。初ダートでねらうなら人気薄の馬だよね」


「わたしはファンドリソフィアの応援だから単複にするわ。それに初ダートで人気薄の3頭へのワイドね」


とNさん。


「じゃあ、僕はマイネルデフィの単複にする。相手は1~3番人気の3頭で、僕もワイドにしようかな」


と僕が続けた。


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阪神4Rは、5番人気のパワフルキリシマが勝ち、2着は2番人気のシルクフェリーチェだった。


ファンドリソフィアマイネルデフィもぜんぜんだったね」


と僕が言った。


「ヤスさんのように笑えばいいのよ」


とNさん。確かにそうだ。


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次は小倉5Rで、僕のねらいのレースだ。


「僕はファルブラヴ産駒のピエナセレブからにするよ」


馬券は、ピエナセレブの単複に、ジャングルポケット産駒のシルクフラッシュ、キングカメハメハ産駒のウインラーニッド、ディープ産駒のデットシーピサの3頭への馬連だ。


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小倉5Rは、ジャングルポケット産駒のシルクフラッシュが勝ち、2着はディープ産駒のデットシーピサ、3着はキングカメハメハ産駒のウインラーニッドだった。


「相手に選んだ3頭の1~3着だったね」


と僕が笑いながら言った。


「そんなものよ、競馬って」


とNさん。


「でも、やっぱり当てたいよね」


と僕がため息をつきながらつぶやいた。


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次は阪神5Rで、Nさんのねらいのレースだ。


「タキオンの仔が2頭出てるけど、どう買えばいいかしら?」


とNさん。これまでは2頭の単複とワイドだったが、どちらかを軸にしたいようだ。


「新馬戦だし、相手も絞り切れないから、無理しなくていいと思うよ」


と僕が応えた。


「じゃあ、今まで通りにするわ」


とNさん。


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阪神5Rは、1番人気でネオユニヴァース産駒のサトノフォワードが勝ち、2着は3番人気でステイゴールド産駒のメイショウヨウドウだった。


「やっぱり、無理しなくてよかったわ」


とNさんが笑いながら言った。


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次は中山6Rで、僕のねらいのレースだ。


「ここはかなり荒れると思うんだけどね」


と僕が言った。


「芝2200mなので、ステイゴールド、キングカメハメハ、ジャングルポケットがねらい目だよ」


と僕が続けた。このレースにはそれぞれ1頭ずつ出走する。


「じゃあ、簡単じゃない。その3頭の組合せにすればいいんでしょ?」


とNさん。


「ジャングルポケット以外はまったく人気がないので、自信がないなあ」


と僕が言った。今日は馬券がまったくなので、少し弱気になっている。


「笑いながら買いなさい。外れたっていいじゃない」


とNさん。


「そうだね。じゃあ、3頭ボックスのワイドにしようかな。それに、ジャングルポケットから1~3番人気への馬連にしてみるよ」


と僕が応えた。


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中山6Rは、3番人気でハーツクライ産駒のルイーザシアターが勝ち、2着はゼンノロブロイ産駒で2番人気のネオブラックダイヤだった。


「まったく荒れなかったね」


と僕が苦笑しながら言った。


「ヤスさんのような馬券を買っているんだから仕方ないでしょ。だから、ヤスさんのようにニヤニヤしていればいいのよ」


とNさん。


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残るのは、阪神9Rのアルメリア賞と中山11Rの弥生賞だ。


「さあ、気分を変えてお昼にしましょう」


とNさん。今日のNさんはデボネアが出走する弥生賞以外はあまり気にならないようだ。


「そうだね、忘れてた。急にお腹が減ってきたよ」


と僕が応えた。


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お昼を食べていたNさんが箸を止め、テレビの前に飛んで行った。


阪神7Rのダート戦にタキオン産駒のフォルテが出走していたが、Nさんが、気分転換よ、と言って単勝と馬連を買っていたのだ。


「やったあ、フォルテ!」


とNさん。フォルテが先行して抜け出し、見事に快勝した。フォルテは5番人気で、単勝は1,370円。馬連も的中して3,630円ついた。


「2着は3番人気だけど、いい配当だよね」


と僕が言った。


「ああ、すっきりした。さあ、早くお昼を食べましょう」


とNさん。僕だけ取り残された気分だが、不思議と嫌ではない。Nさんがカラッとしているせいだろう。


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次は阪神9Rのアルメリア賞だ。


8頭立てだが、噂のトーセンレーヴが出走する。


「POGの1番人気が出走するからね。POG作戦の出動だね」


と僕が言った。


トーセンレーヴをはずせばいいんだから、簡単よね」


とNさん。


「そうだね。有力なのは4頭いるから、その組合せでいいね」


と僕が応えた。ステラロッサ、アドマイヤスキップ、トップシャイン、イデアの4頭だ。


「問題は買い方だね。8頭立てだから、逆に難しいね」


4頭を3連複のボックスにするのがいちばん簡単だが、馬連の方が確実だ。


「どうせなら3連複で勝負しなさい。男じゃない!」


とNさん。その通りだ。トーセンレーヴを切るのは同じだ。


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阪神9Rのアルメリア賞は、1番人気のトーセンレーヴが勝ち、2着は2番人気のステラロッサだった。


「しかし、今日は固いね」


と僕がため息をつきながら言った。


「こんな馬券を取っても仕方ないじゃない。POGで応援している人しか買わない馬券よ」


とNさん。


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「今日は完敗だね。それに、買い方も少し乱暴だったね」


と僕が言った。


「そうね。少し難しく考えていたかもね。今までのようにもっと簡単にした方がわたしたちに合っているみたい」


とNさん。


「さあ、ヤスさんの店に行きましょう。みんな待ってるわ」


とNさんが続けた。


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ヤスさんの店には3時前に着いたが、もうみんな揃っていた。


「どうだった、今日は?」


とヤスさんが訊いた。


「かんぱーい!」


とNさんが大きな声で言った。それを聞いたヤスさんとSさんとTさんも大笑いだ。


「今日は今までと少し変えてみたけど、それが大失敗!」


と僕が続けた。


「仕方ないさ。今日はみんな固かったからな」


とヤスさん。今日はヤスさんも完敗らしい。


「ほら、ごらんなさい。ヤスさんのように笑っていればいいのよ」


とNさんが僕の肩を叩きながら言った。



「さあ、弥生賞よ」


とNさん。昨日のレーヴディソールに続いてタキオン産駒の連勝を確信しているようだ。


自動車会社のエンジニアでデータ派のTさんは、ネオユニヴァース産駒のオールアズワンから、タキオン産駒のデボネア、フジキセキ産駒のサダムパテック、ハーツクライ産駒のウインバリアシオンギュスターヴクライへの馬連だ。


僕も本命はネオユニヴァース産駒のオールアズワンで、相手はタキオン産駒のデボネアと逃げが予想されるプレイへの馬連と3連複だ。


ヤスさんは、先行が予想されるプレイの単勝と、10倍以下の5頭への馬連だ。


Nさんは、デボネアの単勝に、オールアズワンプレイへの馬連。


「Sさん、もし買うならどれにするの?」


とNさんが訊いた。旅行雑誌の編集者で血統派のSさんは中山コースではダート1800mしか買わない。


「そうだね。やはりオールアズワンからだけど、相手は新興勢力の3頭だね」


と言った。その3頭とは、デボネアギュスターヴクライ、ターゲットマシンの3頭のようだ。


「さあ、パドックが始まるわ」


とNさんが言い、体を乗り出した。


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弥生賞のゴール前は大接戦で、Nさんの悲鳴のような大きな声が高く響き渡った。


「2着か3着だね」


と僕がレースビデオを見ながら言った。


勝ったのは1番人気のサダムパテックで、プレイデボネアの2着争いだった。


「あーあ、3着だった!」


とNさん。2着はプレイで、デボネアは3着だった。


唯一人の的中はヤスさんで、サダムパテックプレイの馬連が2,220円ついた。


「やっぱり、ワイドも買っておけばよかった」


とNさん。いつもなら馬連とワイドの両方を買っていて、プレイデボネアのワイドが的中していた。


「今日はずっとこうなのよ」


とNさんがため息をつきながら言った。


デボネアはよく頑張ったし、これで弥生賞の出走権が取れたよ」


とSさんが慰めるように言った。


「そうだよ。今年は皐月賞に出走するだけでもたいへんで、2着のプレイも出走権を取ったから、ますます厳しくなるよ」


と僕が続けた。


「ヤスさん、おめでとう!」


とNさんが言った。みんなに慰められて少し落ち着いたらしい。


「いやあ、相手がフセインだからね。気分が悪いよ」


とヤスさん。悪役のサダムパテックが勝ち、その組合せで取った馬連が気に入らないようだ。


「しかし、これでまた分からなくなったね」


とTさん。ゴール前の大接戦を見ると、皐月賞も大混戦になりそうだ。


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「あらあ、エナージバイオが勝ってるわ」


とNさん。タキオン産駒のエナージバイオが阪神12Rに出走し、単勝と複勝を買っていたようだ。


「すごいレースだったね。2着は13番人気、3着は14番人気だよ」


と僕が払戻を見ながら言った。エナージバイオの単勝は1,160円、複勝は390円ついている。


「やっぱり、そうよ。今まで通りでいいのね」


とNさんがしみじみとした声で言った。


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「さあ、今日は残念会にしよう」


とヤスさんがみんなに言った。


「だって、ヤスさんは当たったでしょう?」


とNさん。


「いやいや、デボネアの残念会だよ」


とヤスさん。


「そうなの? ヤスさん、ありがとう!」


とNさん。エナージバイオの馬券が的中して、気分も上がってきたようだ。


「あなた、元気を出しなさい。また来週があるわよ」


とNさんが僕の顔を見ながら言った。やはり、Nさんの辞書には「疲れ」という言葉はないようだ。


「人生も競馬もほどほどでいいのさ。いつも勝とうと思うと、人生も競馬も疲れるよ」


とヤスさんがやさしい目をして言った。


そんなヤスさんの目を見たくて、みんながこの店に来るのかもしれない。



今夜は、やさしい「タキオン祭り」になりそうだ。