8時過ぎにヤスさんの店に行くと、女性カメラマンのNさんが来ていた。
「やあ、今日は早かったね」
とNさんの隣の席に座りながら僕が言った。
「外は寒いから、駅から早足で来ちゃった」
とNさん。そう言えばまだ顔に赤みが残っている。
「3月なのにね。でも週末は少し良くなるらしいよ」
と僕が続けた。
「牧場はこれからが出産シーズンの本番ね」
とNさん。
「すてきなブログを見つけたの。生まれたばかりのタキオンの仔の写真がいっぱい!」
とNさんが続けた。
『風の牧場便り』というブログで、タキオンのラストクロップが出産直後から写真で紹介されている。
http://foal.blog46.fc2.com/blog-category-27.html
アグネスタキオンの熱烈なファンであるNさんにとってはたまらないブログのようだ。
「写真を見ていてね、涙が出ちゃった」
とNさん。カメラマンらしいのか、らしくないのか、どちらかわからないが、そんなNさんは魅力的だ。
「今週は楽しみだね」
とヤスさんがNさんに言った。
土曜日はレーヴディソールがチューリップ賞に、日曜日はデボネアが弥生賞に出走する。
「レーヴディソールは心配ないけど、弥生賞は混戦になりそうだね」
と僕が続けた。
今週の出走馬が確定し、チューリップ賞は12頭立て、弥生賞は11頭立てになった。
「馬券的には弥生賞だな」
とヤスさん。
「デボネアの相手はどの馬になりそうなの?」
とNさん。
「1番人気がどの馬になるかさえわからないからね。ほんとうに難しいよ」
と僕が応えた。
「でも、これまでの実績や中山コースとの相性を考えれば、オールアズワンが1番手だと思うけどね」
と僕が続けた。ここ2年とも、弥生賞はネオユニヴァース産駒が制しているように、中山の2000mには強い血統だ。
「ディープ産駒のターゲットマシンはどう?」
とNさん。1つ上の姉がタキオン産駒のハッピーディレンマなので、ずっと気になっていたらしい。
「2戦2勝だから未知の魅力はあるし、キングカメハメハの甥になるから、血統的にも筋が通っているけど」
と僕が応えた。
姉のハッピーディレンマは金子さんの持ち馬で、デビュー前はかなりの評判だった。しかし、阪神の芝1800mの新馬戦で1番人気になったものの、10着に敗れ、その後は5戦して3着が最高という成績だ。
「血統的に言えば、ファビラスラフインの仔のギュスターヴクライや、アドマイヤムーンの半弟になるプレイの方が魅力があるよ」
と僕が続けた。
「プレイはあのホラ吹きの馬だろう?」
とヤスさん。ホラ吹きとは岡田繁幸氏のことで、今でこそマイネルの総帥として有名だが、若い頃は日高で彼の話を聞く人間はひとりもいなかったらしい。
「でも、展開を考えれば、プレイがいちばんなんだけどな」
とヤスさんが続けた。確かにそうで、前に行く馬はプレイ1頭だけだ。
「サダムパテックはどう?」
とNさん。2頭しか出走していない重賞勝ち馬の1頭で、朝日杯FS以来のレースだ。
「フセインはだめだ。名前が悪い」
とヤスさん。朝日杯の時からサダムパテックは名前が悪い、悪玉は主役になれないというのが義理や人情の好きなヤスさんの見方だ。
「能力はあると思うけど、中山はあまり向かないみたいだね」
と僕が続けた。
「他は、ウインバリアシオンとショウナンマイティかしら?」
とNさん。どちらも2歳時にオープン特別を勝っているが、折り合いに課題があって、重賞や3歳になってからのレースではもう1つだ。
「今年はレースの度に主役が入れ替わっているから、どの馬が来ても驚かないけど、そろそろ、力関係がはっきりする頃だよね」
と僕が応えた。
「じゃあ、デボネアは期待していいのね?」
とNさん。
「いいと思うよ。中山」コース向きだし、オールアズワンとの1点で勝負してみたいな」
と僕が応えた。
「ヤスさんのプレイも少し押えなくていい?」
とNさん。
「そうだね。少し押えようか」
と僕がヤスさんの顔を見ながら言った。
「ああ、よかった。これでゆっくり眠れるわ」
とNさんが晴れ晴れとした顔で言った。
「よかったね、Nさん」
とヤスさんもうれしそうな顔をして言った。
「さあ、今晩は前祝いとするか」
と言って、ヤスさんが調理場の方に行った。
すると、Nさんが僕の方にからだを寄せてきて、
「あなたも、今晩、前祝いをしてくれる?」
とNさんがあやしい目をしながら言った。その手は僕の股間の上だ。
その手を押えながら、
「いいよ、いっぱいするよ」
と応えながら、僕もNさんの大きな胸に手を伸ばした。
今週は、土曜日も日曜日も「タキオン祭り」になりそうだ。
(つづく)