女性カメラマンのNさんといっしょにヤスさんの店に行くと、旅行雑誌の編集者で血統派のSさんがヤスさんと話をしていた。
「タイガーマスクのことを聞いたかい?」
とヤスさんが僕に訊いた。世の中で話題になっている「タイガーマスク騒動」のことではなく、1月6日に引退したタイガーマスク(父Kingmambo)のことらしい。
タイガーマスクは、オーナーの山本英俊さんがその獲得賞金を施設に寄付する事で話題となったが、タイガーマスクが引退したため、同じオーナーのジャービス(父ゼンノロブロイ)がその代わりを務めることになったらしい。
「タイガーマスクは、中央では11戦して1,890万円、地方では3戦して36万円の獲得賞金だった」
とSさん。
「タイガーマスクは中山競馬場で誘導馬になるらしいけど、ジャービスも同じタイガーのメンコを付けるらしいよ」
とSさんが続けた。
「今日の京成杯にジャービスが出てくるけど、それは楽しみだね」
と僕が言った。ジャービスは午後3時現在では3番人気になっている。
「こりゃあ、応援してやらなくちゃな」
とヤスさん。義理と人情に弱いヤスさんなら当然のことだ。
京成杯はゴール前でNさんの悲鳴に僕の大声が重なった。
デボネア(父アグネスタキオン)とフェイトフルウォー(父ステイゴールド)のゴール前の大接戦はフェイトフルウォーがわずかの差で制した。
アグネスタキオンの熱烈なファンのNさんは、デボネアの単複と、ヌーベルバーグ、マリアビスティー、マイネルメダリスト、フェイトフルウォーへの馬連とワイド。
僕はフェイトフルウォーの単複と、デボネア、マイネルメダリスト、ジャービスの馬連とワイドだった。
「もう、悔しい!」
とNさんが僕の首を締めつけた。フェイトフルウォーの単勝は4.7倍だが、デボネアは29.4倍ついていた。
「なんで邪魔するの!」
とNさんが泣きべそをかきながら僕の頭を何回か叩いた。
「そんなに怒るなよ。ちゃんと馬券は当たったじゃない」
と僕が言うと、
「あなたがゴール前で大きな声を出すからいけないのよ。それで負けちゃったんだから!」
とNさん。その場面をまた思い出したらしく、僕の膝の上にからだをに乗せて、もう一度、僕の首を締めつけた。
「Nさんが怒るのも分かるよ。ほんとうに惜しかったね。同着かと思ったよ」
とヤスさん。ヤスさんが狙ったマイネルメダリストはアタマ差の4着だった。
「結構ついたんじゃない?」
とSさん。
フェイトフルウォーとデボネアの馬連は6,600円、ワイドは1,590円ついた。Nさんはそれにデボネアの複勝が690円、僕はフェイトフルウォーの単勝が470円で、複勝が190円。
「マイネルメダリストが3着に来ていればもっとついたのにね」
と僕が言うと、
「まあ、よく頑張ったね」
といつものヤスさんらしく、サバサバとしている。
「ジャービスは14着だったね。少し人気になりすぎて、騎手も意識しちゃったかもしれない」
とSさん。
「デボネアはよく走ったよ。2着だから賞金も加算できたし、これでクラシックが楽しみになったね」
とSさんがNさんを慰めるように言った。
「そうよね。でも、ほんとうに悔しい!」
とNさん。からだは僕の膝の上に乗ったままだ。
「わかったよ。僕がデボネアの単勝の分を弁償するよ」
とNさんの腰に両手を回しながら僕が言った。
「ほんとう? いつ?」
とNさん。僕の膝から降りようとしていたのをやめて、もう一度、乗り直しながら言った。
「いつでもいいよ。Sさんに教えてもらった四川飯店の陳麻腐豆腐を食べに行こうか?」
と僕が言うと、
「わーい。それ、いいわね!」
Nさんが大きなお尻を僕の膝の上でバウンドさせながら言った。
「残り物でいいから、おみやげも忘れないでな」
とヤスさん。
「大丈夫、残り物じゃないおみやげを持ってくるわ、ねえ」
とNさんが僕の顔を見て言った。
「残りものでいいけど、よけいな味をつけないようにお願いしたいね」
とヤスさんが僕とNさんの顔を見ながら、いつものように目を細くして笑いながら言った。