今日はヤスさんの店で新年会とシンザン記念を勝ったレッドデイヴィスの祝勝会だ。


アグネスタキオンの熱烈なファンである女性カメラマンのNさんが、レッドデイヴィスのお祝いに「獺祭」を持ってきた。山口のお酒で、酒通には有名なお酒らしい。


「獺祭」とは、(カワウソ)取った魚を岸に並べる様子が祭りに見えるらしい、と雑誌の編集者で血統派のSさんが説明すると、


「そりゃあ縁起がいい酒だ。今年は当たり馬券の獺祭と行きたいな!」

とヤスさんが喜んだ。



「ところで、競馬に必勝法というものはあるの?」


とNさんが訊いた。本やネットでもよく登場する「うたい文句」だ。


「あるよ」


とSさんが言った。その目は半分笑っている。


「本当にあるの?」


とNさんが体をカウンターの上に乗り出してきた。


「あるよ。全馬の単勝と複勝を買えば必ず当たるよ」


とSさんが応えた。


「なーんだ!」


とNさんががっかりしたような顔をし、僕の膝の上に体を倒してきた。


「そうなんだよ。誰もしないだろうけど、簡単なことだよ」


とSさんが笑いながら言った。


「でも、そんなにバカにしたものでもないんだよ。例えば、レッドデイヴィスがシンザン記念を勝った日の京都の全レースで全馬の単勝と複勝を買ったとするよ」


とSさんが言い、競馬雑誌と電卓を出して計算を始めた。


○1R 単勝16頭×100円=1600円 → 配当 230円

     複勝16頭×100円=1600円 → 配当 140円+250円+2590円=2980円


○2R 単勝16頭×100円=1600円 → 配当 430円

     複勝16頭×100円=1600円 → 配当 180円+220円+190円=590円


○3R 単勝15頭×100円=1500円 → 配当 1080円

     複勝15頭×100円=1500円 → 配当 270円+210円+150円=670円


○4R 単勝15頭×100円=1500円 → 配当 9740円

     複勝15頭×100円=1500円 → 配当 2220円+860円+240円=3320円


○5R 単勝16頭×100円=1600円 → 配当 170円

     複勝16頭×100円=1600円 → 配当 110円+160円+130円=400円


○6R 単勝16頭×100円=1600円 → 配当 2130円

     複勝16頭×100円=1600円 → 配当 400円+140円+990円=1530円


○7R 単勝16頭×100円=1600円 → 配当 320円

     複勝16頭×100円=1600円 → 配当 160円+390円+190円=740円


○8R 単勝16頭×100円=1600円 → 配当 350円

     複勝16頭×100円=1600円 → 配当 170円+150円+130円=450円


○9R 単勝9頭×100円=900円 → 配当 430円

     複勝9頭×100円=900円 → 配当 180円+160円+280円=620円


○10R 単勝14頭×100円=1400円 → 配当 180円

     複勝14頭×100円=1400円 → 配当 110円+370円+300円=780円


○11R 単勝16頭×100円=1600円 → 配当 2230円

     複勝16頭×100円=1600円 → 配当 540円+400円+510円=1450円


○12R 単勝15頭×100円=1500円 → 配当 1680円

     複勝15頭×100円=1500円 → 配当 470円+370円+1390円=2230円


「単勝は4R,で、複勝は3Rでプラスになるね。全レースのトータルでも、単勝は18,000円の支出で18,970円の配当。複勝は18,000円の支出で15,760円の配当になるよ」


計算したメモを見ながら、Sさんが結果を説明した。


「本当なの? 単勝はプラスじゃない!」


とNさんが大きな声で叫んだ。


「でも、これが必勝法と言えるかどうかは疑問なんだ」


とSさん。


「確かに必ず的中するけど、複勝のように支出よりも配当が少ない場合が多いからね。単勝の場合は9740円という大穴があったからプラスになったけど」


とSさんが続けた。


「でも、必ず当たるし、配当が高ければプラスになるんでしょ。あなた、今度からそうしなさいよ!」


とNさんが僕の肩をたたきながら言った。


「うーん。でも、面白くないなあ」


と僕が顔をしかめて言った。


「確かに面白くないよな」


とヤスさん。


「レースを選べばいいんですよ。荒れるかどうかを予想して…」


と自動車会社のエンジニアでデータ派のTさんが言った。


「3連単のすべての組合せを買うという方法もあって、実際に外資系の投資会社が行って年間で2億も稼いだという話もあります。それだけのお金があればですが」


とTさんが続けた。


「それも腹がたつなあ」


とヤスさん。義理人情と浪花節の好きなヤスさんは、金持ちや外国と名の付くものが嫌いだ。


「でも、どうやって荒れるレースを選ぶんだろう? Sさんが中山では1800mのダート戦しか買わないのはそのためなの?」


と僕がSさんに訊いた。


「確かにそれもあるけど、それ以上に考えないですむからだよ」


とSさん。


「将棋でもそうだけど、自分の得意な戦形の場合は、考えたり迷ったりする部分が少ない。というより、省略できると言った方がよいかな」


とSさんが続けた。


「じゃあ、出馬表を見れば、何を買うかはすぐに決まるの?」


と僕が続けて訊いた。


「2~3頭はすぐに決まるよ。考えるのはそれからだね」


とSさん。


「これも将棋と同じで、手はすぐに見えるけど、それでよいかどうかを考えるのに時間がかかる」


とSさんが続けた。


「Sさんは血統にも詳しいけど、それはいつチェックするんですか?」


とデータ派のTさん。


「出馬表や馬の名前を見てイメージする時だね」


とSさん。


「よく、○×△という配合だから、父がダートに実績があるから、というような話をする人がいるけど、それは血統というよりデータだよね。やはり、実際の馬を見ないとわからない」


とSさんが続けた。


「あなたは血統はわかるの?」


とNさんが僕の膝に手を置いて言った。


「普通程度には知っているけど、Sさんのように血統を見ても馬のイメージは湧かないよ」


と僕が応えた。


「それじゃあ、やっぱり単勝や複勝をぜんぶ買った方がいいわね」


とNさんが僕の頭を撫でながら言った。


「もし、必敗法の本が売れるなら、僕でも書けるけどね」


と僕が言うと、


「敗者の美学という言葉もあるから、以外と売れるかもしれないね」


とTさん。


「敗軍の将、兵を語らず、という格言もあるわよ」


とNさん。


「勝ったヤツはいくら自慢してもいいんだ。負けたヤツはそれを黙って聞く。それが競馬の美学というものさ」


とヤスさんが言った。


「でも、オレは負けても自慢するけどな」


とヤスさんがいつものように目を細くして笑いながら言った。