こういうことは誰かが指摘する前に書いておこうと思うのですが、世界史に出てくる「ピルグリム・ファーザーズ」は一般的には「巡礼始祖」と訳されますが、これは誤りです。

 

 「ピルグリム・ファーザーズ(Pilgrim Fathers)」とは、17世紀にイギリスで宗教的な迫害を受け、新天地を求めてメイフラワー号という船に乗り、アメリカ大陸に渡ったキリスト教徒たちのことです。彼らはアメリカの東海岸に入植地を作って暮らしました。そんな彼らは、新約聖書の中の『ヘブライ人(じん)への手紙』の表現を自分たちになぞらえて、わたしたちはピルグリム(pilgrim)、すなわち寄留者(きりゅうしゃ・よそ者)であると言いました。興味のある人のために書いておくと、『ヘブライ人への手紙』の11章13節にある表現です。アメリカにおける白人たちの歴史はそのようにして始まりました。

 のちの時代のアメリカ人たちは、彼らに敬意を表して、彼らのことをピルグリム・ファーザーズ(寄留者であったご先祖さまたち)と呼びました。

 

 「pilgrim」を辞書で引くと、確かに「巡礼者」という訳が最初に載っていますが、これは、ピルグリム・ファーザーズのピルグリムの訳語としては明らかに不適切です。聖書に典拠があるということ、そして、彼らがどのような生涯を送ったのか、ということを少し考えてみれば、その訳ではおかしいということは簡単に分かるはずです。

 

 「貿易風」についても同じようなことが言えます。

 

 「貿易風」は英語ではトレード・ウィンド(trade wind)。

 確かに直訳すると「trade=貿易」、「wind=風」ですが、トレード(trade)のもともとの意味は「通り道」です。トレード・ウィンドとは、赤道付近の、いつも同じ場所を同じ向き(東から西)に吹いている風なので、そのように名付けられたのです。トレードが「貿易」の意味を表すようになったのは、のちの時代の話です。

 

 「巡礼始祖」にせよ、「貿易風」にせよ、それらの言葉を最初に訳した人たちの知ったかぶりによる誤訳なのですが、それらが訂正されることもなく、今日(こんにち)に至っています。誤解を生み、理解を困難にする言葉の使い方はできるだけ改めていくべきだと思います。

 

『ニューステージ世界史詳覧』
(浜島書店・2012年版より。

きっといろんな不安や希望を

胸に海を渡ったのでしょう。