こんばんは。

 

学生でも社会人でも、

なんでもないじゅっきーです。

 

まあ収入はあるので社会人と言えるのかもしれないけど。

 

それはさておき、

今回は何者でもなくなった僕の現在をこのあまり更新しなくなったブログに記しておきたいと思います。

 

 

先日今まで書いたブログを一部読んでいましたが、稚拙でめんどくさい文章でも残しておくものですね。今見ると色々思えることもあって、どんな道筋で自分が生きて何を思ってきたのかが、一部ですが振り返ることができました。

結局、今も昔も俺は特に変わっておらず、少し価値観が拡張したり、自分ができることをより正確にわかるようになったりはありますが。カレーウメェ。

 

ということで今回もまた、未来の僕が現在の今の俺を見て、辿ってきた道筋を再確認できるように、そうですね、学生生活全部はめんどくさいので大学生活についてだけでも頑張って書いとこうと思います。

 

ふむ、どういう構成にしようとかはなんも考えず、その場で浮かび上がってくるものを毎回書いてた気がするので今回もそれにならって、、、

 

 

大学一年生

 

過去のことをあまり記憶してないので昔ほど覚えていないのですが、、

大学入りたての頃は一言で言うと「あの世」でした(いきなりネガティヴ展開をば。「地獄」とはちょっと違ったので、でも生きてる心地は全然しなかったや)。高校生活全てを賭けて頑張ってきたことが無になったと思い、いろいろ失った状態でのスタートだったので最悪でしたね。ただ、「死んだように生きよう」そんな風に思いながらのスタートで、全てがつまらなかったw 今思うとバカみたいだけど。

そんな精神状態では何をやってもうまくいくはずがなく、さらにいろいろ失敗して精神も身体もボロボロになっていきました。6月くらいだったかな、早々にして数日身体が動かなくなってベッドからでれなくなったことがあったけどあれが鬱というやつなのだろうか。もうなりたくないねぇw

学校では特に思い出とかないかな。友達が一応一人できて大学ではそいつと情報交換してたなくらいかな。ああ、あと大学生はサークルやるもんなんかなって思ってテニサー体験しに行ったな。飲みサーだったので1ヶ月で辞めたけど。単位は卒業できるギリの単位数をほぼ全部落胆ギリギリでとるみたいな感じだったな〜。最低限以上の努力をするやる気が出なくて。

普段はというと、動けなくなった時に辞めたのですが、一応バイトは確か3月末ごろからやっていて、なんでか忘れたけど購入したロードバイク[メリーちゃん]があったので夏休みに淡路島までチャリで行きましたね。過去のブログにも一応、このチャリ旅としては散々だった記録を載せていたはず。

 

だけど、このチャリ旅から全てが変わったのかもしれない。確変‼️ピュロロロロ!!

確かこの旅で泊まった(というかちょっと休憩した)ネカフェで僕は友達に勧められた「ラブライブ!」を観始めたのです。この夏、彼女らの輝きが、虚ろだった僕の心に光を取り戻したのです。 5年くらい前の話だから未だと少し滑稽にも思いますがねw 現在の私の一部が、「アニメで救われるってwww」と嘲笑しているのも真実で、またその一部を否定していたり、いろんな考えを持っている自分が存在するのも事実。(これまでの経験から、私の価値観は様々な自分の価値観の集合体となっており、またその集合体を統制する価値観というのも存在し、それが私と言えるのかもしれない。まあ、こんなのは誰もがいろんな形態のものを持っているんだろうから特別なことでもなんでもないけど。)まあ、今思うところはいろいろありますが、とにかくその時の僕は、ラブライブ!に救われたわけです。

 

夏以降はただのオタクでしたね。スクフェスをアホみたいにやったり、のぞえりラジオガーデンあたりで南條さんが好きになったりして徐々に正の心を取り戻していった感じで。絶望の淵からでも、好きなものが一つでもできれば世界は変わって見えるんだって思った。

 

あとは大阪から東京までチャリ旅行ったな。

毎回、チャリ旅では一つだけ悩みを掲げて自分に問いかけながらゴールを目指してるんだけど、この時は「IT関連の職業に就くか市役所員になるか」でした。

チャリ旅についてはいずれ細かく書きたいんだけどな〜長いからな〜。

関西から多分初めて一人で出たってのもあって世界が広がりングでした!

http://karukantimes.com/archives/51414198.html

あとこのスレが長距離のチャリ旅を始めるきっかけでした。

めちゃくちゃしんどくてここまで身体を酷使したの初めてなんじゃないかって感じで、でもめちゃくちゃ楽しかったから今でもリピートしているわけで。良い趣味であるわ〜。

 

プログラミングもここだったかな出会ったの。初めて出会った言語はC言語。大学の授業で、機械系の学科だったけど物作りよりこっちにはまりましたねw

 

春休みにはff14も始めたな確か!w

南條さんが好き好き言うから始めたこのゲーム、こんな長い付き合いになるとは思ってなかったわw 初めてのおいらは剣術士でなんもわからず、AAだけで戦ってたなぁ。

初めてのFCにも入り、ネットで言葉だけの俺でも輪に入れるんだ〜みたいなことを思ったりも。外見とか地位とかそういうのなしに付き合えるのが楽しかったし、嬉しかったのですよ〜。

 

そんでファイナルラブライブ!に行って一年生編は終了かな。ファイナルラブライブについてはどっかで書いたような気がするしいいや。

思ったことは「初めては最高の体験を」だったとだけ。

 

 

これまためっちゃ長くなりそうだな・・w

 

 

大学二年生

 

あんま覚えてないなーw

前期はプログラミングとオタ活ばっかだったかな〜。

SwiftでiPhoneアプリ作って個人で遊んでましたよ。

 

で七夕あたりだったかな、に南條さんのバースデーライブに行って完全体ごきんじょるのになりました。こっからしばらくのツイートはやや恥ずかしすぎるものだった気がします・・・

この頃にはだいぶ元気を取り戻して、普通の陰キャくらいまではまともになってたかな。自己肯定感はまだまだ並以下だったけど。

 

秋頃だったろうか、もうあまり覚えていないけれど確かここらの時期に久しぶりに彼女ができましたな。とても世界が輝いて見えた時でした。

僕が未熟だったのしばらくして別れることになりましたが、とても良い経験をさせていただいたなと思います。正直めっちゃつらかったですが、この時間が僕を後に成長させてくれるきっかけになったと思っています。心に光を灯した時から僕の成長は始まっていたのかもしれないし、あの人も似たようなことを言ってたけど、それでもそう思います。あれから会っていないし、これからも会うことはないかもしれないけど、元気にしてると嬉しい。あの人の周りはとても良い人らなので大丈夫やと思うけど。

 

あとは成人式とかあったな。

正直、最後に仲良い友人とトリキに行ったのしか覚えてないw

 

そしてこの年もまたチャリ旅に行きました。

今度は滋賀から福岡まで。

 

そうそう、彼女できたからバイト戦士と化していたので収入もそこそこ会って、滋賀で下宿も始めたんですよね。下宿は彼女とイチャラブしたくてではなく(それもホントはちょっとあったw)、これからもっと成長したくて、そのためには実家の環境はとてもやりづらさがあったので始めました。現に最近もそれでストレスを溜めていたので、昔の気持ちを思い出したよw ということで初冬くらいに滋賀民となったわけです。滋賀大好き。ASAP滋賀県民になるからね!!!気持ちに変化がなければ。

 

ということで滋賀スタートなわけですよ。

この時もちょっとした挑戦をしてましてね。それが失敗したので京都に用事があったのですが、もやもやしたのでそのまま金閣寺行って福岡まで行きました(もやもやする可能性を考慮して適当なチャリ旅の用意はしていたのでw)。

 

ここでのチャリ旅で掲げた議題は「」忘れたな。

「留学行くかどうか」だっけ。思い出せんわ。「これからどう生きていくか」みたいな感じだったような気もする。

こっち方面のチャリ旅は東と違う楽しさがあったな。田舎ばっかやから山と海ばっかだったし、初めて野生の猪見たし、あと広島とか福岡予想以上に都会だな〜とか。広島は修学旅行で行ったはずなんだけどな。牡蠣も揚げもみじも美味かったな〜。ごきんじょさんにオススメ聞いて食べたんよね。覚えてるw

前回の大阪〜東京で慣れたのか身体はそこまでだったな。まあめちゃくちゃしんどかったけど。w 思い出すとチャリ旅やりたくなってくるな〜。これから社会人か。

この旅で二年生編は終わりかな〜。

 

 

大学三年生

 

特筆すべき思い出は何もありませんw

大学二年生終了時までにね、虚ろだった自分からいろいろ経験して、自分に足りないもの自分が欲しいものをいろいろ考えて、とりあえず「強くなろう」と思ったんです。自転車旅での議題はよく覚えてないけど、結論は確かこれだったんですよ。

強くならないと何も変えられない。と思ったので。

 

ただがむしゃらに、勉強とか体力づくりとかとにかくいろいろ頑張って、いっぱい経験するようにしました。強くなりたいってだけでなく、いろいろ忘れたかったとか、今の自分を変えたいとかあったのかもな。このタイミングで交友関係も結構広がって、いろんな人を知ったかな。ゲームも全力で楽しんでたのでこの時期にフレンドもだいぶ増えたりしたし、今のFCはここらへんやな多分。零式も天動から触り始めたからここらへんかなw

 

後はUnityでC#使ってゲーム作りとかしてたな多分。

稚拙だったけどゲーム作りの大変さがわかったし、楽しさもわかった。

ちょっと時間かかるかもだけど、また落ち着いたら作っていくよ。今度は公開したいって思う。

 

特に衝撃みたいなのはなかったけど頑張るのが楽しいって時期だったな。

自己肯定感も回復していって、緊張で話せないみたいなのはなくなっていった気がするし、自分に自信のついていった年だったな〜。

 

そしてこの年、留年が確定します。

 

 

大学四年生

 

実はね、留年したのは留学の説得材料に使うためでもあったんだw 

単位厳しかったのはホントなんだけど、まあ頑張ればなんとかなる範囲ではあったと思う。うちの身内は安定思考で現状維持主義って感じだからね、リスクを冒す行為には基本反対なんですよ。だから、留年が確定すれば一年伸びるのはしょうがないって理由付けできるしちょうどええなあとか思ってw まあ留学自体、俺の借金で行くわけやからなんも言わんといてって感じだったけど。

一族で最高学歴になったというのに、なんで誰も投資してくれないのか大学入った頃から不思議なのじゃがな。態度だけは変わったけど。大学の学費も生活費も全部奨学金とバイト代なんですよ。高校の時も塾代全然払ってくれなくてほとんど自習室しか使ってなかったしな。。なんてコスパのいい子供!!天才!!!我を讃えよ!!!

 

ということで、欲しい能力を得るために多額の借金をして僕は約半年間語学留学に行きました。語学留学については結構細かくブログに載せてるのでそちらで。

受験勉強の時より頑張れたかもしれない。きつくて、溜まってたのもあって精神ぶっ壊れそうだったけど。でもまあ楽しかったw 想定内だけど予定以上の成果も得られたしね。

 

四年生前半はそんな感じかな。

途中、日本に1ヶ月ほど滞在した期間があったのだけど、そこで父親と少しあって、僕は、、ここに具体的に書くことじゃないかな。まあ父は過去に生きてるって感じで、それが原因でそこから結構長い間、心に暗い部分を宿すことになりました。

 

留学経験によってよりストイックになったかもですね。後半は留学中とほとんど変わらないくらい頑張っていたと思います。単位取得にバイトに体力づくりに就活に。

留学によってお金が尽きていたのでここからの一年と少しはだいぶきつかったですね。奨学金は留年で止まっていましたし、留学後のことは留学後の自分に任せていた部分もあったので。お金がホントになくて納豆と卵と米と調味料で基本生きていました。たまに肉を買ったりしてツイッターに料理載せていた時もありますが、ホントに時々だけしかそういうの買ってなかったので。ここから一年くらいは食費5000円程度で生きていましたからね。一月だけなら全然耐えられますよ。継続してみたらわかりますが、身体に普段の力が入らなくなっていき、精神には余裕がなくなり、ボロボロになっていきました。うんこもなんかおかしかったです。おいしかったに空目しそうですね。食ってません。金がなかったので激安の釣竿買って琵琶湖でブルーギル釣って食ったりはしてましたが。頑張っている中でそんな環境だから余計にしんどかったんだと思います。お金がないことで僕の成長が邪魔されるのが耐えられませんでしたね。絶対に戻りたくない。ブルーギルは普通に美味いんですけどね。太刀魚ですよあれb ブラックバスはそんなにでしたけど。

あとは金なかったんでこの時期は近場をよくうろちょろしてましたね。それでいろんなもの見て滋賀県を好きになっていきました。

好きな都道府県BEST3は一位滋賀県、同率二位静岡岐阜です。大阪は嫌いです。千里山らへんだけなら上位ランクインできたんですけどね。

辛い状況でしたが、一番学校の授業を真面目に受けた時期でしたね。

 

春休みにはff14のファンフェスで幕張メッセに行き、同じFCのフレともご飯したりウヘヘ。次のファンフェスでも元気な顔を見せてくれると嬉しい。

またゆっくりff14で遊びたいなって思うんだけど、なかなか実現できないのがもどかしいでござるな。まあ復興ランキングはもう多分やんないし、しばらくゲーム内でのそういう用事はないんだけども。新社会人って忙しいんだろうか。配属バトルがあるからなぁ。今月もきつそ。う〜ん。。まだなんとも言えないなぁ。。

 

経済的にめっちゃきつかったけど、無事単位も取得し、希望の研究室にも行けることになり、やっと自分の人生がスタートしたように感じた年でした。

 

 

大学五年生

 

そう、留年したから五年生編です(思ったけど関西風に言うなら回生なんだよな)。

五年生の春、僕は運命の出会いを果たします。

そう、山です。吉野山です。よしのという言葉には縁がありますなぁ!

桜見に行くついでに咲の阿知賀編の聖地巡礼しに行こうってことでここを選びましたがその景色に感動しました。僕の写真じゃその良さが全然伝えられないのですが、本当に素晴らしかった!これをきっかけに僕は山に登るようになりました。正直何がそんなにいいのかは分かりません。景色も別に登山でなくとも車で見に行ってもいいですしね。それもまあ好きなんですけど。でもなぜ登山やヒルクライムが好きなのか。現状の自が考える理由として、登山は「自分の足で登ることにより、疲労で嫌なこととか苦しいこと、ネガティヴな感情をそぎ落としていって、心が空っぽになった状態で綺麗な景色が見て心を綺麗なものに入れ替えることができるから」、ヒルクライムは「簡単に自分の全身の力を使い果たして、何も障壁のない裸の真なる自分と対面することができるから」だと思っています。登山とヒルクライムでそれを共有する場合もありますが。まあ正直分かりませんな。"Because it's there."でいいよもう。

山好き語りはこれくらいにしといて、これ行った後は岐阜県の高山市に行きますね。街並み好きだし近くに高山があるからってことで2位にランクインしています。大垣とかも少し通ったことあるけど、高山市しかほとんど知らんのやけどねw

あかん、この後しばらく山と中二病でも恋がしたい!の聖地とブルーギルの写真ばっかや。

夏休みには下宿先から琵琶湖花火大会みたりして、なかなか楽しんではいたんやな。

って就活とんだな。写真とかないからな。

 

就活はそうだね、7社受けて本命1社のみ内定という結果でした。

本命に受かればなんでもいいんすよ!いろいろ社会に思うことはあったし、栄養足りなくてストレスかなり溜まってたので余計ストレス溜まりましたが決まって良かったです。

そこそこいいとこ受かったのでこれで身内の態度もまた少し変わったように思います。それがちょっとさみしかったのですが。

 

就活後はきちんと単位とってましたね。前期は研究室にはほぼ行きませんでしたが。希望のとこいけたのにもったいなかったって思うんだけど、就活までにちょっといろいろありすぎましてね、趣味は楽しんでいたんですけど、僕ではどうしようもない部分で心がボロボロでした。人の裏切りとか、大事に思っていた人に失望したりとか、いなくなったりとか、まあいろいろ。栄養が足りなかったこともそこまでボロボロになった要因でしょうな。でも、もうこの時にはね、もう壊れはしない心にはなってた気がする。鋼の意志!アイアンウィル!!大学生活だけでなく、これまで大きく傷つくことばっかだったのでもう今更壊れませんよ。もう自分の弱さは知ってるし、いろんな人間がいることも知ってるから。ボロボロになってもまた動けなくはならないはず。

ただ、そんなボロボロで心がストレスの塊みたいになった状態で、僕は研究室の人らに関わりたくなかった。それぞれとても得難いものを持っていて、とてもいい人らで、、前途の有望な彼らに少しでも悪影響を与えてしまうかもしれないのが嫌だったから。それにそんな状態の自分の中身を好意のある他人に見せたくなかったから。しんどい時に静かになるのは癖みたいなものなのかもしれない。だってその状態にしたのは研究室の人らじゃなかったから。あの時はせめて人畜無害な空気でありたかったんだよ。飯さえちゃんと食えてればもう少し余裕はあったかもな。。

 

そして9月、ここからは少しお金に余裕ができます。

9月は自転車旅行をしたし10月には食費8000円、11月には10000円まで上がりました。

 

自転車旅行ではまず静岡の御殿場駅まで輪行してネカフェで数時間仮眠をとりました。その後、富士あざみラインを通って富士5合目まで自転車で登りました。この時点でかなりしんどかったのですが。。そして2時間の慣らしの後、頂上に向けて夜通し登り続け初日の出を見ました。

初めての2000m以上の山。それまで登っていた1000m前後の山とはまた違った良さがありました。雲海や満点の星空。今まで自分の足で見たこともないものだったので、まるで異世界にいるような感覚でした。8合目あたりからは他の登山道からの合流や、山小屋から出発する人もあり大変な混雑でしたが全員が一心に頂上へと向かっていました。頂の景色、僕もそれがとても気になって歩みを進めていきました。

気が急いだせいもあり到着したのは少し早すぎて寒さに凍えていましたが、日の出の時間が近づいて、見やすい場所へと移動するとしばらくして日の出は始まりました。

みんな同じ方向を向いて、すべての人が同じものを見る一体感を感じました。正直肉体がぶっ壊れそうなほど疲れていたので、感動だけではありませんでしたがw

死にそうになりながらお鉢周りをして、死にそうになりながら下山して御殿場駅から東京駅までいって駅近のビジホで爆睡しましたね。ここまで肉体を酷使したのは以前のチャリ旅を超えましたね。生と死をさまよった気がしますw

でもこの登山で山がもっと好きになりました。

そこからちゃんとチャリ旅スタートかな。東京から北海道。

もうだいぶ体力づくりをしていたので死にそうってほどきつくはなかったですね。一日平均190kmだったのでそりゃしんどいですが。この旅でも今までとは違った、北関東と東北の良さを楽しめたかなって思います。仙台が予想外に都会だったり、青森はいい場所でしたね〜。北海道は移動のみだったのでそのうち食い倒れに行きます。帰りはフェリーに乗って敦賀港まで行き敦賀駅から輪行で帰宅しました。あんな豪華なフェリーは初めてだったのでいろいろ感動でしたね。1万円もしないプランなんですけど。サウナもあるし!景色も良かった〜。また船旅したいな。

 

そういえばこの旅での議題は書いてなかったな。この時のは悩みというか「一度溜め込んだものを全部身体から吐き出して、これまでを振り返り、またこれからの卒業研究・就職後につなげる気合を入れたい!」って気持ちでやりました。望み通り気合は入ったかな。

 

そしてここから先は研究に本格的に取り組んでいきます。

身体の栄養状態を本調子に戻せたのは結局このブログを書いている3月で、最初はなかなか調子が戻らなかったのが辛かったのですが、それでも入れた気合でなんとか頑張れました。

趣味としては登山も継続しつつ、辛くなった時は好きな場所にチャリでよく行っていましたな。

途中からは不眠症もあり多分人生で一番頑張った2ヶ月間(12月と1月)でした。作業で倒れそうというか、座っているのもきつくなって横たわったのは初めてでしたw 時には気合入れるために途中で研究室を抜けて山に全力ヒルクライムしに行ったりもして、さぞ変なやつと思われたことでしょう。w そうそう、12月からは研究室のみんなと喋れるくらい精神は元気になりましてね、思った通りとてもいい人たちでした。一人の子は研究を手伝ってくれたり、、あれがなければ随分低レベルなものになってしまっていたでしょうね。とても久しぶりに他人の助けを借りたのでかなり動揺して、「なんかお返しできることはないか〜」みたいなことばかり考えたりもしたなw 結局あまりお返しできなかったのでいずれもし機会があればできるといいな〜くらいで。あんまり根に持ってても(?)迷惑だろうしねw まあとにかくそんな例もあるように、みんななんかすげーいい人たちばっかだったなって。みんな育ちよさそう。

俺がプログラミング得意とかなんか噂になってたらしいけど、それは俺が欲しかった技術の分野がある程度できるだけで、研究系で使うソフトを利用した上手いプログラミングができるわけではないんだけどなって思ったりもあったなw

他にどういうことを思われていたんだろうなぁ。もっと話したかったな。

一緒の空間でみんなと頑張る感じ、なんか仲間って感じでとても居心地が良かった。大学はずっと嫌いだったけど、みんなといた最後の数ヶ月は悪くなかった・・・。みんなのことが好きだったので、またいつか近況を聞きにいけたらいいな。彼らには幸せになってもらいたいものだ・・・。

研究室の先生もすごいいい人でねえ。研究室選び、あの人がいるからってのもあったわ。あのひとはちゃんと周りが見える人だし、研究者ってだけじゃなく、教育者だったって思うよ。訳あって引っ越し後大学には行けなかったのだけど、そうだな、落ち着いたら挨拶しにいこうって思う。

 

学生生活が終わりに近づきなんとも言えない感情になっていき、そして終わりを迎える。

 

 

ただのじゅっきー

 

そんで無事卒業も確定し実家にいる今に至る訳ですな。大きめの出来事で晒しても大丈夫そうなものだけ書いてきたわけじゃが、まあ普通の学生生活じゃったな。これからも生きるにたる心を取り戻せて何より。以前と比べて明るさは消えてしまった気がするけどな〜w まあでも楽しんではいるので。

 

最近はね〜ちょっとまた別の件で心に暗さを宿していたのでござるよ〜。

母やその一族はね、現状維持ばっかだなって。現在のことばっかな感じがして、それも大事なんだけどね。。

 

/*僕の好きなアニメのパクリみたいな感じなんですけどね、、

 

俺は明日が欲しいんです。ここまで落ちてしまっては、自分で変えなければ何も変わらない。変えるためにノーリスクでなんでもできるほど僕は天才ではないんです。

俺は家族や、友達、未来にできるかもしれない自分の家族、そして俺自身が幸せに生きていける環境を作りたい。それが成功するかなんて分からない。どうなるか分からないけど、変えようとしなければ何も変わらない。だから、難しくてもきつくてもより良い明日を求め続けていきたい。

 

父は昨日を、母は現在を大事にする人だから

きっと今、俺たちは互いに理解することができないと思う。

 

だからごめん、また未来で"会"いたい。*/

 

 

って感じです。w

場合によっては随分と先になってもう手遅れになることもあるかもしれないけど、今は無理なんだよきっと。学生の間、生と死を実感することが多かったので、チャンスは絶対逃すべきではないって思うようになったけど、現時点ではないって思うんだ。だから時間がかかるかもしれないけど・・・

 

 

もうすぐ社会人が始まります。

 

学生までですでにボロボロなんだけど、まだ23歳。

同期のみんなは今までに会ってきた人たち以上に優秀で、まだ知らない世界が広がってそうです。やりたいことは歳を経るほど増えていっています。

これからも頑張っていきたいと思います。

 

間違ったことや傲慢なこと、無知なこと、自分勝手なことを言ってるかもしれないし、とても恥ずかしいことも書いてしまったけど、学生生活終了時の俺はこの程度でした!!残念!!

 

一万字も書いたよ!疲れた!!卒論とあんま変わんねえじゃんww 現時点では、更新はしばらくするつもりがないんだけど、どうだろうね。これからは未知すぎて分からないや。

久しぶりに見たときに「ガキだな!くっさwww」って思えるようにちょっとでも成長したいと思います。

 

 

それでは聞いてください。

飯田舞さんで

「明日へ」