俺は昔悪かった。

武勇伝がましく嘯く。

ほうと感心してみせる周囲。

言った本人は悦に入る。


武勇伝などではないのに。

悪かったことは恥ずべきこと。


ただ人に迷惑をかけていたという、それだけのこと。


スジは通していたなどと。

その風体で街を歩けば、一般市民は気分を害する。

歩く恫喝。

それのどこがスジを通していたのだろうかと。


視線一つ間違えば。

睨んで絡んで、何みてんだよと凄んでみせる。

歩く地雷。

自分の得意な殴り合いで勝負しようと腕をまくる。


なんて卑怯な。

相手の得意では勝負せずに。

絵でも。サッカーでも。音楽でも。学科試験でも。

相手の得意ではなく自分の得手で。

殴り。蹴り。殴り。蹴り。

そして勝った顔をして去っていく。


そういうモノ。


騒音は?

注意をすれば聞き入れたのかといえば。

ゴミ撒き散らしは?

注意をすれば拾い直したのかといえば。


そうしてやがて。


親には迷惑をかけた。

感謝している。

教師にも迷惑をかけた。

感謝している。

周囲の同級には?

町の隣人には?

親は彼を生んだのだから。教育する義務があるのだから。

教師はそれが仕事だから。教育して給料貰うのだから。

なんて都合のいい、自己満足な反省。

なんて一部のものだけ気持ちよくなる為だけの、自己満足な反省。


そうしてやがて言うことには。

それら全ていい思い出。

それら全て武勇伝。

少し悪いくらいじゃないとなあ、などと吹き上がる。

少し悪いくらいじゃないと使えないなどと。


そうではない。

お前たちが気持ちよくワルぶっていられたのは。

真面目に生きる同級や隣人がいたからだ。

お前たちが気持ちよくワルぶっていられたのは。

お前たちが放棄したことをこなし続ける人がいたからだ。


お前たちは甘えていただけ。

そして今も。

甘えているだけ。


けれども。

メディアが不良だワルだを美化して金儲け。

TVでもタレントがワルを自慢して金儲け。


たった一枚の割れた窓が放置されている街は。

やがて割れた窓が増え、道は汚れ人心が荒む。

それはモラルの希釈。

希釈されたモラルの中で、更にモラルは希釈され。

守られてきたモラルの当然が無視されて当然のモラルとなり。


連綿と続き。

連綿と続き。


今。


ワルという武勇伝を持つ糞袋が大人となり。

子どもたちの首を締め上げている。