bayonetのブログ

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明けましておめでとうございます。
読んでる方いないと思いますが今年もよろしくお願い申し上げます。
突然ですが、2016年を無職で迎えてしまいました。
自分自身が未熟だからであると思います。
新年早々暗い話題にしても仕方ないので、明るい話題を...。
...思いつかねえwww
某赤がトレードマークの会社を辞めてすぐ、派遣で単発のお仕事に行きました。
そこで俺と同じくつい最近退職して今求職中って方と個人事業主って方と話す機会があったのですが、今はどこへ就職してもブラック企業しかないってことを思い知りました。
仕事ってなんなんでしょうね、ホントに。
現在俺は病気と戦いながら求職中です。
なんかこう、生活のするために罰ゲーム受けてお金もらってる感から抜けれないんですよね。
学生時代は早く学校生活終わんないかなーって思ってましたが、好きなことを思い切りやれてたのって幸せなことだなとしみじみ感じます。
銃剣道の稽古中も翌日の仕事に影響しないように、なんて考えてることありましたから。
そんなんじゃ強くならないし、教え子たちにもせんせーの邪念は伝わっちゃいますよね。
昨年そんな憂鬱な気分を何度も立て直してくれたのがCANDY GO!GO!のライブでした。
学生の時より時間ないのに今年はホントによくライブ行ったなーって思います。
関西に出て来てくれたときはもちろん、遠征のついでに行ってみたり。
同い年が4人もいて、みんな重鎮だから余計に見に行く度励まされるというか。
自分より遥かに過酷な環境でやってるはずなのに毎回パワーもらってました。
なんかこう、あー楽しかった、だけで終わるアイドルじゃないんです彼女たち。
で、そんなことよりそろそろ明るい話題を(笑)
CANDY GO!GO!、メンバーたちも必死の告知をしてますが、もうすぐメジャーデビューします。
よくアイドルの子たちが力を貸してくださいって言ってますが、貸した分以上に凄いパワーで返ってきます。
まーあんまり自分が力貸してやったとか思ってる人いないと思うけど。
見に行けば伝わる、言い方悪くするとライブ見ないと伝わらないってもどかしさがありましたが、日の目をみた彼女たちが爪痕残す以上に世間にパワー与えてくれることでしょう。
ヲタの叫びはここまでにして、本業の方の話題に(まだしゃべります)...
定職に付かないでいつまでもフラフラとしてるつもりはありませんが、今年こそ日本一になるために学生時代ばりに銃剣道の稽古に力入れていきます。
俺にはこれしかないので。
決して強いわけでも、カリスマ性があるわけでもありませんが、試合中に自惚れられるくらいの自信をつけるまで精進して取り組んでいく次第です。
教え子たちも背中で引っ張っていけるよう、成績残さないとね。
2016年は12歳の荒削りながらも何事にも全力だった自分に還って過ごしたいと思います。
病気治ったら無理しない主義を捨てます。
まず再就職から頑張らなきゃ。
今年は1年間選手として出場できた大会がたった二大会という過去最低の数でしたが、なんとか勝ち越しで終われました。
西宮での市民大会は個人戦で何年かぶりに1回戦で負けるという恥を晒してしまいましたが...
年最後の県大会も数の暴力で(三段以下の部出場者80名オーバー)ベスト8に終わり、メダルもらえませんでした。
なにより、全国大会に出場しなかったのは今までで初めてです。
自分としては型を変えたり、封印していた下胴を解禁したり試行錯誤してるうちに1年が終わった感じです。
教える側の立場としても今年は満足のいく戦績ではありませんでした。
少し教え子たちにプレッシャーかけすぎたかな。
誰が見ても1本とわかる綺麗な勝ち方をしなさいと言い続けましたが...
結果出なくても来年もその信念だけは変えないようにしたいと思います。
仕事は辞めても銃剣道だけは死ぬまで辞めません(笑)

2012年6月 某24時間営業スーパー品出しバイト辞める (巨人ファンだからという理由でいじめられる)


2013年7月 某大手カラオケ店バイト辞める (勤務体制がめちゃくちゃ)


2015年9月 某赤がトレードマークの大企業退社予定 (モラハラ、パワハラ、本社の方針と現場と相違)


今年の3月にようやく大学を卒業し、世間的に見ても誰もが知っている大企業に入社。大した希望は持っていなかったが、配属先ではすごく良好な人間関係に恵まれなんとかやっていけるかもしれないという考えを抱いた矢先のことだった。

一度目の出張研修の際、恥ずかしながら周囲との温度差や上司からのモラハラ、家庭内での揉め事によるストレスで三週間という研修期間のうち最初の一週間でダウン。急性胃腸炎で緊急入院となる。

多少の理不尽な詰めや言い掛かりは社会人になる前から覚悟していたつもりであったが、4月1日の入社直後から理不尽の塊であったこの会社に心底失望した。自分自身の配属先現場は良好な環境であるだけに、そのわずかな期間さえ耐え抜けばあとはだいたい3~5年おきに来ると言われる転勤までは何とか持つだろうという考えで過ごした。

本来うまくいっていない部分を指導しできるように導くはずの研修が、できる人間はとことん教え、できない人間にはただ詰め寄るだけという雑な指導法を受け、適当に聞き流して帰ることを決意する。

だが、研修期間を終えて現場に戻っても入院する前の体調に一向に戻らない。それどころかストレスで発症したマイコプラズマ気管支炎との併発で10年以上も発症していなかった喘息まで再発。

私はプロ野球が好きなのでそれに例えてみよう。

自身の本来の働き場所である配属先現場を1軍、1軍で戦力になるためにいろいろと学ぶ研修先を2軍というふうに置き換えて考えてみる。するとおかしな構図ができあがるのだ。

2軍でパワハラ、モラハラなどを受けてズタズタになった私が、研修期間を終えて1軍に返され、そこでまた良好な環境でリハビリのようなことをしていた。

そんな中、1軍でリハビリしながらもなんとか私を気にかけてくれた先輩、上司の方々のために少しでも力になろうと8月いっぱいを過ごし、9月1日から第二回目の研修期間が始まった。

8月末から、二度目の研修期間が一ヶ月半あることを受けて自分自身の進退をより真剣に考え始めていた。

前回の研修で入院した際からずっと考え続けていたことではあるが、自分が今回の2軍行きで生きて1軍に戻れる自信は全くなかった。

なぜなら、前回退院後の一週間は入院したことについてひたすら詰められるという理不尽を経験していたからだ。

急性胃腸炎は自分に原因があったのだろうかと真剣に悩んだこともあった。

前回と違って今回は最初から目をつけられている。行きたくない理由はそれだけで十分だった。

配属先の先輩や上司たちに相談もいろいろと聞いていただいた。

しかし皆様が口を揃えて言った言葉は「適当に受け流してとにかく生きて帰ってきてくれ」だった。

それができたのならば最初から入院などしていない。と私は思ったわけだが、大好きな自分の現場の先輩方が遠まわしにでも自分を必要としてくれていると感じたから、私は行けるところまで頑張ることにした。

最初の三日間はそれでなんとかやりすごせた。幸いなことに二日行って土日をはさみ、そこから本格的に始まるという日程だったからだ。

しかし、現実はそう甘くなく、研修三日目の9月7日月曜日。私は壊れた。

前回研修でもなんども私にモラハラを繰り返していた上司と半日一緒に外回りをやらされることになったのだ。

ご丁寧に自ら指導に入るのかと思いきや、出発前に知識を確認するために質問しては怒られ、客先訪問では背後霊化。訪問後批評があるのかと考えていたら次は!と怒鳴られる。

2件目が不在だったあともなぜか怒られる。そしてその怒り方なのだが、主語がないから何が言いたいのか一回ではわからない。その度に聞き返していたのだがそれに対しても怒りを示される。いい加減ぶっ飛ばしたくもなったが私は我慢し、形だけでもとお礼を言って半日終了した。

だが、帰社して昼食をとろうとしても普段大食漢の私が食欲が出ない。無理に口に押し込みながら食べては見たものの半分以上残してしまい申し訳なくなった。そして数分後トイレで盛大に嘔吐。

そこで気持ちは完全に折れた。もうここでやっていける気がしない。だましだまし残り期間を耐え抜いても、今の良好な1軍にいられるのは長くて5年。

そのあとで転職を考える際の自分の年齢を考えたら、このタイミングでやめてしまうのが一番いいという結論に至った。

元々2軍に来る前に辞職願を出しても良かったのだが、それだと自分の現場が良くないから辞めるというふうに捉えられると考え、それを嫌って出すのをやめた。

研修センター長に辞意を伝えたが一日考えろと言われ昨日考えてみたが辞意は変わらない。

しかし、次が見つかるまでのつなぎも何もない今、卑屈な手ではあるが私にできるのは休職という手段をとることくらいだということには気づいた。

そこで今日も休みという形をとって病院を探している。