居酒屋放浪記 | 得意楽器はボキャブラリー

居酒屋放浪記

少し前の話だが、久しぶりにひとりで飲みに行った。
誰かを誘ってまで、という元気もなかったけど
さりとて、まっすぐ帰る気分でもなかった。


なんとなく、たまプラーザまで来たものの
やはり飲んで帰ろうと思ったので
商店街を行ったり来たり物色した。

よさそうな店はたくさんあるが決め手がない。

ウマいものが食えそうで、それでいて高くなく
サラリーマンや若者の団体がいない店。
うるさくなくて、陰気じゃない店。

ウマい日本酒を飲ませろとまでは言わない。


ようやく一軒にアタリをつけた。
ちょっと奥まったところに入り口がある
ほどよく落ち着き、ほどよく洒落た感じの焼鳥屋。


しかし、店に入り口に立った瞬間、ハズしたと思った。
飲んべえならではの嗅覚である。
だいたい当たるものだ。

焼鳥をお好みで注文して燗を2合つけてもらう。
熱燗(2合)750円と書かれた「名もない」酒である。

念のため言っておくがブランドが大事という意味ではない。
しかし集合名詞で書かれた酒にウマい酒はない。
造り方があってその酒の味ができる。
丹念に造られたものには必ず名前があり、スペックがある。


出てきた熱燗はそんな味である。
今日はそれも承知の上だからしかたがない。

致命的なのはおしぼりに強烈な香水が振ってあることだ。
場末のスナックなんかで出てくるのと同じである。
場末のスナックには同じ匂いのチーママやホステスがいるので
もう一緒という話だが、これが居酒屋だと致命的に具合が悪い。

お猪口を口に運ぶたびに強烈な匂いがする。
酒がウマいとか不味いとかそういう次元ではない。

焼鳥はウマくても
もう焼け石に水の気分である。
余計に腹立たしい。

なんでこんな基本的なことができないのかと思う。
焼鳥をウマく焼くことより遥かに簡単なはずなのに。


僕だってよい店に出会いたくてお金を払って飲んでいるのに
結局、こんな愚痴にしかならないのは悲しいことである。

いくら好きでも毎回同じ店に行くわけにもいかないのだ。



いつから飲むのにこんな悲哀が漂うようになったのだろう。
侘しいなら侘しいなりに自分の場所を見つけたい。

と切に願う。