シンプルに生きる | 得意楽器はボキャブラリー

シンプルに生きる

昨晩の夢は大作で数々の友人や知り合いが友情出演してくれた。
でもあまり愉快な夢ではなかったので
僕にとってはアリガタメイワクな話だった。

この夢は何を意味しているのかなんて考えだすと
それこそ憔悴してしまうので深く考えることはしないけれど
こんなときに僕が思うことはひとつ、シンプルに生きたいということである。


僕は40代における自分のテーマは「シンプルに生きる」ことだと思っている。

多くの仲間に囲まれて、仕事でも多くの人と繋がって
趣味でも何にでも興味の向くまま足を突っ込んで
毎日を隙間なく過ごしていくことは楽しいけれど
もう若い頃のように時間はたくさんないのだと感じながら生きている。

僕は、いつのまにか自分の人生が複雑になりすぎてしまったと思う。

最近の日記「24年目の夏」「24年後の卒業アルバム」で書いたように
高校生の自分が輝かしく思えるのはそのシンプルさのせいだろうと思う。
ただ強くなりたいために汗を流す。そういうことだ。

シンプルになるためには必要以上のものを捨てなくてはならないわけだけど
今まで自分の人生の一部を構成していたヒト、モノ、コトを
不要のものと選別するのはとても苦しいことである。

別に「アンタとは明日から付き合いませんよ」と言う訳ではないのだけど
そういうスタンスでいると自然と離れていく人は離れていく。

むしろ今までが無理していろんな人と付き合って
いろんなモノを携えて、いろんなコトに関わり合って
生きてきたんだろうと思うのだ。


話は少し飛躍するけれど
最近の押尾や酒井の一連の事件は未だ数々の謎がある。
それが彼らの人生の複雑性を象徴していると思う。
僕もそういう覚えがあるが、いろんな関係性に身を置いている方が安心できる。
それこそが麻薬そのものだと思う。


この世の中で生きていくには煩悩も数々あり
そう簡単にシンプルにならないのが現実ではあるけれど
シンプルに生きたい、と心からそう願う。


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