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元受刑者の ちょっとだけスピリチュアルっぽいこと

以下のブログに統合することにしました。よろしければ引き続きお付き合いください。
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出所しました。
これからどうしようかな。

覚せい剤を使用し始めてから、逮捕されるまで、1年以上経過していた。

起訴され、1年6ヶ月の判決を受け、実際に受けた懲役刑は当然だが過酷なものだった。

二度と違法なことはしないと誓いつつ、刑期を終えた私は俗に言うシャバに戻ってきた。


友人たち、親戚の一部は、もう次はないと言いながらも、いつものように迎えてくれた。

逮捕前の乱れた生活により、実家が散乱していて、友人宅に間借りをさせてもらいながら、
約2ヶ月間 相続の手続き、母親の遺族年金の申請、他諸々の手続きに追われ、
ようやく実家の片付け、整理に着手するところまできた。

蒸発するように消え、そのまま人の気配の無かった実家に戻ることは、ご近所の目を気にしてしまい、なかなかの重荷になっていた。


まずはお隣と他2軒にご挨拶に行った。

お隣は警察の留置所から手紙を出していたこともあり、事情は知っていてくれたが、さすがに少し驚いた様子だった。

他の2軒の方々も「大丈夫、気にしないで。」と言ってくださったが、私は落ち着くまでには至らなかった。




自分で自分自身を許していない以上、周囲の目から逃げながらの生活になってしまうんだろうな。



どこからともなくここ数年読み漁ったスピリチュアル関連の本の、どこかの言葉が活かされはじめた。



であれば、意識的に自分を許してみよう。



現実世界にそもそも善も悪も存在せず、さらには意味すら本来存在しない。
それは人間(自分)が意味づけしたに過ぎない。


少し気分は楽になり、それまで自分でも感じる必要の無い感情だと思っていても付きまとってきていた、「焦り」も和らいだ。



この調子でそのつどこれまで頭に入れてきた言葉を、いよいよ実践していく、これはある意味チャンスの到来だと思うようにした。

賭けてみよう。


信頼も仕事も失った今、もう文字通り失うものは無いのだから。

自宅とは実家でもある。

父が倒れ、認知症の母を一人にはできないので、何十年かぶりにそれまでの住居を引き払い実家に戻ったのが3年前か。

といっても  父の入院の4日後に 母も私の不在中に転倒して骨折し、入院することになるので、
結局自宅での介護の必要もなくなり 私一人と犬一匹で暮らすことになった。

自営業であったが仕事も休業にした。

二か所の病院に見舞いに行き、容体に変化があったりしたとき連絡を受けたり、
何かしら必要になったものを買って届けたり、それなりにやるべきことはあったのだが
そのうちどちらも落ち着いてくると、何もしないでいる時間、というものが増えていく。
ただ連絡を待つ、という時間。

そうなると急に 不安 というのを感じた。


自分はこの先どうなるのだろう?


藁にもすがる思いで、それまでほとんど読むことのなかった「本」を買い、読んでみた。
題名は忘れたが、始まりは自己暗示に関する本であった。
自分は大丈夫だと暗示をかけようとしたようだ。

それでも気は休まらず、未来を変えたいのと精神的に楽になりたいのとで
引き寄せの法則やら波動やら、非二元やら、気づけば常に何冊かの本を持ち歩き
長居できる喫茶店をあちこち探し、何もない日なら朝から晩まで、犬の朝ごはんと犬の夕飯
の間の時間は、自分でも驚くほど、まるで仕事かのごとく本ばかり読んでいた。
読んでいる間は 少し気分は前向きになっていた。

  

それから 何がどうなった、ということもなくそんな日々が続き、
依然 焦燥感 不安感 さらにちょっとした絶望感も感じながら
私は再び覚せい剤を使用した。



 

刑務所にいるときは当然そこから出る日を迎えるのが最大の目標であり 全ての励みであった。


出所を迎え、門から外に出て いわゆるシャバの空気を吸った瞬間の解放感は、それはそれは今まで味わったことのないものだった。


しかし、そんな自由を味わう間もなく現実と向き合うことの必要性を思い出す。


自分が突然いなくなったことで とてつもなく迷惑をかけた人がたくさんいる。
私がやるべきだった多くのことを、そんな皆さんが手分けして処理してくれていた。
当然皆さんにはお詫びと感謝を直接伝えに行く。
それはそれ。一応大人。


私をつかの間の解放感から引き戻したのは、私でなければできないことの数々…である。


例えば、父の納骨。
父の兄弟である、私にとっての おじ や おば が できる範囲で葬儀を執り行ってくれていたのだが、
父が生前購入していた墓地には  息子である私がその権利を引き継ぐ手続きをするまでは、納骨させてもらえないらしい。
そのため父の骨壺はいまだ実家の居間のこたつの上にある。


そして相続の手続き。
これには被相続人(父)の死後9か月という期限があるらしく、
必要な 謄本などの書類は驚くほど多く、一人で申請や取得をする私には、シャバの自由を満喫している暇はない。

その他にもなんやかんや名義変更だったり振替口座の変更だったり、生命保険の手続きやらなんやらと
滞っていた支払いの数々の処理などなどなど、終わりは見えない。

それでもそれらに集中している間、いわゆる 「無」 になれた。
自分がついこの間まで刑務所にいたことも、良い意味で忘れられていた。


しかし、私には できるだけ思い出したくない大仕事があった。


およそ1年半前、突如 住人と犬 がいなくなり、そのままになっている 自宅 の整理である。

悪いことして刑務所まで行って、出所しておよそ2か月。

受刑中、二人の父を失い(私は養子として育った) 親戚、実の母、実の妹等々、様々な方々に心配だけでなく 父の葬式をはじめ多くの時間を必要とする様々且つ面倒な作業を肩代わりしていただくことになってしまった。


友人もしかり。


普通に都内の大学を出て、それなりに活躍している友人たちがまさか 拘置所や刑務所に友人(私)の面会に行ったり、はたまた裁判に知ってる人が被告となって出廷する(しかも有罪)場面を見るなんて想像もできなかったに違いない。


およそ1年半。

懲役刑はよくテレビの特集で見られるような感じでは一切なく(少なくとも我々の施設の場合は)、起床から消灯まで、すべての動作に張り付けられた 細かな規律によっ て、こんな所には二度と戻ってなんか来ない と 強固に思わせてくれる(当然それが一番の狙いであろう)、気が狂いそうになる毎日を送っていた。

今はここまでのことは、こんな感じに簡単に記しておくことにしよう。

そして、何よりも待ち望んできた 「出所」 の日がやってきた。