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引き寄せに関しては、以前から 非常に興味のある分野だったのですが
違法な薬物に手をそめていたり
塀の中にいたりといった、自分の置かれている状況から
自分には幸せになる権利なんて無いと
心のどこかで思い込み
引き寄せのみならず、スピリチュアル系 精神世界系のあらゆる活字は
世間的にまっとうに生きてこられた方々に向けた
よりまっとうに生きてきた成功者からの言葉だと
あきらめ、流していた自分がいます。
しかし 今、こうして後が無い、言い換えれば 失うものもなくなった状況になっているのは
なんでも試せるチャンスであり
自分が思い通りにいろいろ引き寄せることにより
前科持ちですら幸せそうに生きている、との認識を多くの方々に与え
ということであれば どんな人でも 幸せになっていい
なることができる もちろん自分も と考えてもらえる
という、知識としてだけ持っていたものを
実践し、証明するための
神様が与えてくださった、またとない機会だと思うようにしてみます。
とはいえ引き寄せの力は常にはたらいています。
要は、幸せに焦点を向ければ それでいいのです。
具体的な目標とか、細かいイメージングなんてできなくてもいい。
幸せを選んで、幸せを感じて日々過ごせれば それで充分。
幸せに生きること
引き寄せの法則の証明
誰にでも幸せになる権利があるとたくさんの人に証明すること
今私が思いつく目標もこんな感じです。
幸せ体質を心がけていれば、自分を幸せにしておくための出来事、出会い、環境の変化は勝手に引き寄せられてきます。
前にも言いましたが、最近 奇跡的な出会いがあり、今とても仲良くしてくれる女性がいます。
これってきっとそういうパートナー的な人と出会いたい、という欲望からのイメージングの成果ではなく(そういうことしてないし)、とりあえず 日頃 幸せ でいることを意識して過ごしていたことからの副産物だと思います。こじつけっぽいかな?
今後起こりうる気持ちの変化、状況の変化は随時発表していきます。
長い目で見てくださいね。
よろしくお願いいたします。
薬物に溺れていたころ、周りはみんな敵でした。
電車に乗っても。
テレビに出ている人たちも、みんな気に食わない。
嫌いな人だらけの、世の中まさに地獄でした。
その上その嫌いな奴らが自分を貶めようとしている。
警察は常に自分をマークしているはずだ。
信じる人なんて誰一人いない。
地獄という表現でも表し切れない、とにかく生きていたくはない世界でした。
服役して、薬もすっかり抜け、そんな感じだったことが記憶としてだけ思い返されます。
今、待ちゆく人も、テレビに出てくる人も、ラジオでしゃべっている人に対しても
嫌い、という感情がわかずに
むしろ 好きになっています。
会う人、見る人 好きな人だらけ。
これって なんて幸せなことなんだろう。
周りが変わったわけでは無いのに、感じ方ひとつでこの幸せ感。
こうなったら、もっともっと無条件に人を好きになってやろう。
もっともっと幸せを感じることができるはずだから。
本当に見方次第なんだなあ、と実感しています。
知人の子供の成長に時間の流れを感じつつ
前に進む勇気すら持てないままで
世の中から置いて行かれている自分を再認識する
試行錯誤をつづけてきたけれど
何をどうしたらいいのかも分からない自分
そういったことに いつもより焦点を当てて
息苦しく、切なくなっているのは
私だけではあるまい。
前に進まず、今 そこで立ち止まっていることには
必ず意味があり
動いていないと思われる状況であっても
実は、確実に動いています。
何もできなかったと思っている一日でも
誰に会うこともなかったような一日でも
いろんなことを考え、できることをやって
懸命に生きたのではないでしょうか。
懸命に生きる
それで何も成長が無いはずが無いのです。
行動できないのなら
それが 今 あるべき状態なのです。
どうあれ、今日やるべきことはやったのです。
そして、自分が目指す理想に
また一つ近づいたのです。
と、自分に言い聞かせてみる秋の午後。
拘置所や刑務所で、他の覚せい剤中毒経験者に出会うと
中毒真っ最中の奇妙な行動が、自分だけのものではなかったんだ
ということに気づくことができます。
猜疑心が強くなり、みんなが敵に見えて引きこもる
とか
何日か眠らない、とか 顔色が悪くなる
とかは、やったことの無い人でも知っているような事ですが
機械類を延々と分解し始める そして元に戻せない
というのを、何人もの人が経験しているのには、一同少々驚きました。
自分だけじゃなかったんだ、と。
さらに、誰しも覚せい剤を止めようとする中で
ある程度の期間止められたら、うれしくなって
自分へのご褒美として また打っちゃう
結局また 一からのやり直し その繰り返し
という経験があるのにも、淋しい共感を感じました。
この違法薬物は、打ってから 次に打つまでの期間が長ければ長いほど
気持ち良さだったりの、その効果が増す
ということを、みんな経験で知ってしまっているので
非常にやっかいなことになっているのです。
断薬が成功すればするほど、次に打つことへの期待感が高まる
出所して すぐまた逮捕される人も多い、と担当の刑事さんが言っていたのも
そういうことなのでしょう。
私は 仲間との会話の中で そういう傾向を知れて 幸運だったと思っています。
そのご褒美は ご褒美ではない
と、自分の気持ちにツッコミを入れることができるようになっていて
救われました。
この、ご褒美として またやっちゃう 繰り返しは
他の依存症にもあてはまるのではないでしょうか?
しかし、克服しようと思っている人が ご褒美に手を出そうとしたとき
これこそが依存症、と分かっていれば
自分の気持ちを客観的に見ることができて、ストップをかけるという選択があることにも
気づけるような気がします。
私は今も、これからもずっと 断薬中の身。
ご褒美はほかに見つけて生きていきます。
