どういうご縁の組み合わせか、私と正反対に奥さんはテレビが好きだということで、個人的には久しく見ることのなかった“テレビ番組”を見る機会が増えた。それと同時に、自分が“ワイドショー”を生理的に受け付けないことや“スポーツ番組”に興味が無いことを再認識させられる。
私は“ワイドショー”的に『一方的に他者を評価・査定』することを好まず、また“スポーツ番組”のように『競争(など)の勝ち負け』にも興味が無い。
今朝ふとニュースを見ていて思ったのだが、あの『都道府県別魅力度ランキング』なるものは誰にとって必要であるのかが分からない。
百歩譲って“観光者数の多い県トップ10”であるとか“全国で人気の観光スポット、ベスト30”くらいであれば未だ旅行を考えている人(且つあまり旅行経験が豊富で無い人)にとって有効な情報になり得るかもしれないが、『都道府県別魅力度ランキング』というものの必要性についてはちょっと理解出来ない。
このように“不要な競争”を煽り立てられ、またそれを間に受けた自治体側も『イメージアップを図る』などと必要以上の“広告宣伝費(タレントへの報酬含む)”を税金の中から吐き出していく構図は、結局誰の得になるのか。せいぜい電通・博報堂辺りの大手広告代理店が口角を上げて『新しいマーケットの開拓に成功した』などと言っていると考えるのが妥当ではなかろうか。『ヘッ、手鼻噛んでチーンと来らァ!』という気分である。
また、最近よく見かける論調として『日本人の生産性の低さ』という文句を(どちらかというと批判的に)唱うようなものが目につき、常々気になっている。
その上、更に『今後AIに奪われる仕事20選!』などと煽り立てられれば、多くの人々が不安や戸惑いを感じざるを得ないような気がする。そうして澱のように心身に溜まっていく“ストレス(外敵圧力)”の吐き出し口がSNSなどで消化されていくのではなかろうか。どうやら“ストレス”と“体脂肪”は〈燃える(炎上)〉することでしか消化できないように出来ているらしい。
このような不寛容な社会を私は白眼視しつつ、同時に今後一番手堅い“商売”の形は〈(広義の)信仰・宗教〉(ヨガやオーガニック的なものも含む)なのだろうと確信している。
では、私の考える『新しいマーケット』としての〈信仰・宗教〉で、且つ“生産性”が最も高いポジションに居るのは誰かというと、やっぱり〈閻魔大王〉なのである。
先日、いつものようにひとりで酒を舐めていたら、夜遅くに友人・ポルトから連絡があった。
閻魔大王についてひとしきり語った後で、私が気になっている点について相談をする。
ーーーだがね、問題点があるんだ。
ーーー何が?
ーーーオレが考えるに、仮に閻魔大王ってのが“正社員”だったら、労基に引っかかるくらい労働時間やノルマがキツいように思うんだよね。
ーーーいや、閻魔大王は『委託』だよ。
ーーーほぅ。じゃあ“インセンティブ”ってことかね?
ーーーそそ。
ーーーそれなら、少しでも稼ぎたいモンなのかな。『地獄の沙汰も金次第』って言うからには、アッチでも“ゼニ”は有効みたいだし。三途の川の渡し賃だけでは食うていかれんどころか、鬼すら雇えないもんな。
ーーーあ、鬼はアッチ(あの世)の正社員だから、形としては鬼は『出向社員』だよ。
ーーーなるほど。なら三交代とかで回せるしなァ。いやしかし、“あの世”に行っても色々世知辛くて大変そうだなァ…
ーーーま、それがホントの“渡世”ってヤツなんだろうからなァ。
いつものように話が脱線していても、酔った私の頭ではその判断も出来ず、また素面の状態であれば尚のこと積極的に話は脱線させたいと思う。
私は続けて、
ーーーしかし、人をサバキ(裁き・捌き)続けるのは楽では無いだろうなぁ。ずっと座ってるし、腰痛なり痔にもなるだろうから、せっかくゼニを稼いでも、だいたい治療費で消えちゃうだろう。健康保険の制度とかはないだろうし。
ーーーまぁ、俺だったら慢性的なストレス性胃腸炎で、ずっとお腹を下しているだろうな。
ーーーでも、閻魔ってトイレで中座できんのかい?休憩時間すら無さそうだけど。
ーーーじゃあ、閻魔の椅子は“オマル”じゃなくちゃな。
ーーーふーむ…確かに業務中の閻魔は正面からの上半身しかイメージないからな。卓で隠れてる後ろはそうなっているのかな。
ーーーたぶんな。
ーーーところで、先日なんちゃらの本で読んだんだけど、江戸時代の京都所司代の板倉なんちゃらさんはね、
ーーーホイホイ、
ーーー人の訴えを聴いて、決裁を下す、という責任重大な業務の中で様々な工夫をしていたんだそうだ、
ーーー例えば?
ーーー訴人とは直接顔を合わせず、障子越しで話を聞くんだと。訴人の顔や表情を見たら、自分の判断に“私情”を挟む恐れがあるし、相手もオエライさんの顔を見たら恐縮して話しづらかろう、という配慮とかね、
ーーーほう。
ーーーあと、障子越しに訴えを聴く際には、茶臼を挽くんだとさ。相手の話に私情を挟まず冷静に話が聴けた時には、茶は細かく均等に仕上がるけれど、少しでも感情的になると茶の出来上がりが粗くなったりして、やっぱり違うそうだ。
ーーーなるほどな。
ーーーだがワカランのはね、
ーーーん?
ーーーその、挽いた茶は、誰が飲むのかね?
ーーーそれは、勤務終了後に本人が飲むんだろう。
私は、ポルトの地に足の着いた意見にいつも目を見張らされるものがあるが、内心では『お互いへの適度な軽蔑(『逆リスペクト』)』を手放さずにきたことで我々の“友情”が長年続いてきたものだとも感じている。
ーーーで、話は閻魔大王に戻るけど、
ーーーあぁ、戻るのか、
ーーー“京都所司代”ですら、人を裁くということにそれほど慎重な姿勢を取っていたのだから、閻魔大王も同じような工夫をしているという事を言いたかったんだよね。
ーーー例えば?
ーーーオレも何年か前に思いついたんだけど、閻魔大王は、死者(訴人)の言い分に私情を挟まないように、両手で、“アレ”を握っている。
ーーー“アレ”って何だ?
ーーー“アレ”はな、パスタを150gきっちり測っている。
ーーー結婚しても、相変わらずお前は馬鹿だな。
ーーー閻魔の右側に、大量のパスタが積んであって、スッと右手を伸ばしてそれを取って、両手で握った時に150gにちょっと多い少ないがあると、閻魔は再審議をするし、150gきっかしの時は左手に控えている鬼にそれを渡して、150gで結えるワケだな。
ーーーところで、お前、今酔ってるのか?
ーーーあぁ、さっきまでしこたま呑んでた。
ーーー良かった、素面だったらどうしようかと思ったよ。
ーーーオレも久々にお前の元気そうな声が聴けて安心したよ。
そうして私たちは〈信仰・宗教〉から徐々に離れ、且つ“生産性の低い”会話を一通り楽しみ、最終的には『最近テレビで観た、人生をネッシーの探索に費やした人が、最終的には“ネッシー”の正体は“ネス湖”の地形と風土・環境が生み出した“特殊な波(自然現象)”であるという結論に至った』という事柄について「その人は大変立派で尊敬も信頼も出来る人物である」という事で合意し、それぞれの無事と健康を口先で祈って、イイ気分で眠りについた。
追記;
今回のコロナで閻魔大王は大変ご多忙だとも思うのだが、裁定待ちの死者たちはちゃんと2メートル間隔を空けて並んでいるのか、気をつけなければコロナが感染って死んでしまうぞ!という注意喚起がされているのか、今後も目が離せません。
報道フロアから、木村犬郎でした。

