アレはツチノコ。 | 犬獣戯画

犬獣戯画

下町のロビンソン・クルーソー。
『最後の秘境は他人』がモットー。

 気がつけば一月も終わろうとしている。

 私なぞのようなズンダレ者(怠け者)に正月・一月というのは錦の御旗のようなもので、朝から酒を呑もうが昼まで寝ていようが、口を挟む方が無粋だと言い逃げられるような気分でいたのに、じきに二月・平常運転月となってしまうのかと思うとしょげこむような気分である。※『百姓一揆マラソン』なるものがあったら 41.195キロ地点ですな。


 去る大晦日は、恋人と『男はつらいよ〜おかえり寅さん』をレイトショーで観た。

 彼女は『男はつらいよ』シリーズを観たことが無いというので、私はそこそこ『男はつらいよ』という映画の素晴らしさなどについて語っていたのが仇となり、本編が終わった瞬間に腹ただしげに席を立った見知らぬオヤジに身の判断を任せたいような気持ちになった。まさに『観客もつらいよ』である。

 しかし、後日観たニュースによると横尾忠則氏が「山田洋次にアイディアを盗用された」と騒いでいるようだ。どうやら「渥美さんなしに寅さんは撮れない」と寂しそうに言う山田洋次監督に横尾忠則氏が「撮れますよ、過去49本の寅さんの映画から抜粋、引用してコラージュすればいい、と提案したんです」との事。その一言に山田洋次が「相当刺激をうけたようでした」と語るご立腹の横尾忠則。これが事の発端らしく、発端なのにオチのような構図が好もしい。

 美空ひばりがAIで復活するようなご時世にコラージュなんぞで「アイディアを与えた」と言う辺り、どうにも年寄りが近所のスナック(主な収入は老人の年金目当て;偶数月の15日前後が繁忙期)のママのLINE ID(減るものではない)を取り合うような構図が宜しい。

 とは言え極端な話、私自身が少しでも今回の映画に携わっていたとしても決してクレジットに名前を入れないように要請するね、そうして深夜ひっそりと自分のWikipedia(仮)のページからも自分で削除するのである。そうして歴史は夜作られる。

 まぁ実際今作品が撮影・放映されたことで誰かしらが儲けたり誰かしらがワリを食ったりして娑婆が回ったと考えれば『これでいいのだ!』、である。


 ところで、上記の映画の出来栄えとは別の所で気になったんだが、登場人物が誰も彼も隠すこともおくげもなく職業であったり立場を持っていたりするんだな。とらやの従業員もこのご時世だから雇用保険どころか社会保険にすら加入しているかもしれない。そのような明るいサマが、私のようなハンパモノには、なんとなく、怖い。

 どういう教育を受けたものだろうか、私は職業を持つ、という事がどうしても恥ずかしい。実際、小学校一年生の時のクラス文集には〈将来の夢は?〉という欄に「パイロット」「お花屋さん」「ケーキ屋さん」と並ぶ色とりどりの世界の中に、私だけが「サラリーマン」と記入していたのを思い出す。先天性協調性不全症が発症していた当時(先天性、であるから)から娑婆に馴染む事が相当高い壁だと思っていたのだろう。

 現実問題仕事と呼ばれる作業をする事は平気であっても誰かに見られると思うと冷や汗が出る心地がする。何かの疾患、乃至はテルマエ・ロマエ的に貴族制ローマ時代からタイムトリップしてきたとでも考えれば合点が行くが、私の幼少期の写真は昭和のそれである。我が事ながら不可解極まりない。


 先日、恋人が「レポートを作る作業」を持ち帰ってきた。

 私は『就業時間外にも働くとは、コノ人は大変にエライ人だ』と心の底から関心しつつ、厚着をしてベランダのハンモックに揺られながら『満足(or 納得)した職業を持つ、ということはどういう事か』と改めて考えて、考え込んだ末に一つの結論に達した。


 つまりは『ツチノコを探せ!』という事だと私は思った。


 例えばね、こんなズンダレたハンパ者の私がだ、急に「社会と接点を持った労働意欲」を持つとしたら、やっぱりツチノコを見つけなければならないのだ。

 ツチノコ見つける(人生の転機)声高にみんなに言う(社会との接点を持つ)ツチノコを探す(日中の作業の大義名分を得る)ツチノコについて考えたり思ったりする※実態がわからないから研究では無い(新種の生き物がいる可能性を自分が拓くのだという大志に燃える)、どうだろうか? ツチノコ一匹が十二分に私の、そしてあなたの人生を変え得るものか理解・共感を得られたものと思う。

 だから、やっぱり、人間の一生つまりは人生なんてものは『死ぬまでの暇つぶし』だとあちこちで言われているのだから、せめて高尚な暇つぶしをしなければならぬと思うわけだ、私はね。こんな私が現代社会の土俵から落ちず(自殺含む)に人生百年時代を生き抜こうと思ったら、やはり職業なぞという枠に拘っている余裕など無いワケだよ。娑婆は間抜けに出来ていても、世間様はそんなに甘く無いという実感もあるわけで。


 そうしてその夜、就寝時に私は恋人に熱心に『ツチノコを見つける大切さ』について語りはしたが、寝付きの良い彼女は相槌を打ちつつもいつしか寝息を立てていた。

 もしかしたら、ではあるが、彼女にとってのツチノコ=私だったりはしないだろうかと思い、少し背筋を寒くして、私も眠りについた。



〈われは海の子〉

https://youtu.be/PJ8XwT_K_6U


巨匠はご立腹。