今だから話せる、私の生きる道(笑) | じゅじゅぽん&ひめのん

今だから話せる、私の生きる道(笑)

私がエンジェルに会えるまで…

5年前の今頃…私は色々な事があって10年近く住んだ大好きな仙台を離れ、実家(青森)に帰るのを余儀なくされたダウンダウンダウン

私の大好きな仙台を離れ、また青森…
ツラい思い出が沢山ある青森…

帰りたくなかった…
涙が止まらなかった…


帰りたくない…

私が住む田舎はあんまり他所からきた人達を受け入れず、人の噂を大きくするのが好きな町。足を引っ張るのが得意な町。っていうイメージがある私。

それは今も変わらない。そこの特徴を生かして、今は付き合っている町です。

ツラい思い出がよみがえってきました。



私は、早くから母の手伝い「お水」をしていて、人と話すのが好きで明るい笑顔でいるのが好きでしたから、お水は沢山の勉強になり、人との繋がりを一層強くしてくれます。だから「恥」だとは思っていませんでした。
お水をしていましたが、どちらかというと昔気質の古い考えをもつ女性だったと思います。


その頃、お水をしながら夜間高校に通っていた私は卒業したら結婚しようとプロポーズをしてくれた彼がいて、片親でお水の私を理解し、プロポーズしてくれた彼が大好きでした。


私たちは2年ほど付き合い、彼は年上だったので早く子供が欲しいと奮闘し、なかなか子宝に恵まれず、生理不順なこともあり、私は一番足を運びたくない婦人科へ通い始めました。


なんどか通い、私は無排卵で子供が出来にくい人だとわかりました。

そこから不妊治療が始まりました。

(彼は長男で家では商売をしている、跡取りだから、子供は絶対にいないとヤバい)という思いがありましたので何とか治療して子宝に恵まれないと!!不妊治療は彼と結婚するためには必要不可欠だと思っていたのです。

そしたら小さな町のウワサの餌食に…


婦人科から出てきて、子供もオロシに行ってる…とか、メチャクチャ遊んでるとか…

心の痛いウワサが町で飛び交い、枝も葉も沢山ついてウワサが一人歩きし始めました(泣)


私はまだ若くて、立ち向かうことが出来ず、彼だけは理解してくれていれば、味方でいてくれればいいと涙をこらえ、作り笑いをして、仕事をしてました。



そんな時…





また次回ブログに続きます。