地震の傷 | じゅじゅぽん&ひめのん

地震の傷

私は仙台に10年暮らしてました。
初めて、仲間や親友が出来ました。心の故郷です。

友達は津波に遭い、死体をかき分けて助かったそうです。

友達は病院に閉じ込められて、2階に上がった瞬間に間一髪で津波から逃げられて、やっと救済され我が子を抱きしめました。

友達は未だに連絡がつきません。

友達はマイナスの極寒の中何時間も待って水を2リットル補給しました。

友達はやっと電話が繋がり、この電話が切れると、いつ今度は話せるか…電話が繋がるか…わからないから電話切りたくない!!と言いました。

何日もガスも水も無い中、私が今出来ること…みんなに声をかけて話すこと、、、…無力です(涙)
電話が繋がる度に「よかった」としか声が出なくて、涙が止まりません。

これから私も一緒に復興に頑張って行きます。