エルプラザの講演用に中城ふみ子とか大村陽子とか曽我玲子さんの歌を読みながら、「読み継ぐ」とか「読み直す」って大事なことだなとしみじみ思い、さらに吉川宏志さんの『一九七〇年代短歌史』や梶原さい子さんの『震災短歌ノート ―東日本大震災ののちに』をつづけて読んで、「読み継がれる」「読み直される」ことで歌は何度でも生き返り、わたしたちは「読み継ぐ」「読み直す」ことで何度でも歌と出会うことができるんだなと実感した。
でも、じゃあ、自分の歌は後世に読み継がれたいだろうか、読み直されたりしたいだろうか、と考えると、それはNOだったりする。
この間、前に同じ部署にいたディレクターが急病で亡くなって、自分と同い年くらいかなと思っていたら二歳年下で、自分もそろそろ死ぬんだなあという思いが強くなり、もしわたしが突然死んだらパソコンの中に残っている作品はどうなるのかなあとぼんやり考えた。
なこちゃんや樋口さんは遺歌集をつくろうとするだろうか。突然死んだわたしのために、作品を世に残そうとするだろうか。
みんなの負担を軽減するためにあらかじめ遺書のように原稿を揃え、生き延びたら原稿を追加する。そして出版費用の100万円くらいを金庫に保管しておいてもらう、というのはどうか。めんどくせ~。
やっぱり残らなくていいような気がする。死んだら、そのまま忘れられるのがいい。
星野道夫さんの『旅をする木』という本の中に「トーテムポールを捜して」というエッセイがある。
大昔にユーラシア大陸から干上がったベーリング海を渡ってアメリカ大陸へやって来た人びとがいて、その中で南東アラスカにとどまったのがトーテムポールの文化をもつクリンギット族とハイダ族。星野さんは彼らが太古の時代に作ったトーテムポールが残っていないかずっと捜していたのだが、アラスカとカナダの国境近くにあるクイーン・シャーロット島という孤島に古いトーテムポールが残っているとの情報を得る。二十世紀にさまざまな強国の博物館がそれらを収奪してしまうが、ハイダ族の子孫は「その神聖な場所を朽ち果ててゆくままにさせておきたいとし、人類史にとって貴重なトーテムポールを何とか保存してゆこうとする外部からの圧力さえかたくなに拒否していった」。
そして星野さんは孤島の入り江の奥で、横たわり、朽ち果てて自然へと還ろうとしているトーテムポール群を目にするのである。
その描写がなんとも哀しく、美しく、清々しいのだ。
短歌史の中で忘れられてしまうのも、歌が忘れられていくのも、世の理ならそれでいいのではないか。わたしの歌もトーテムポールのように朽ち果てていったらいい。
(それでもいつか、後の世の物好きがきっと見つけにくるだろう)
いざ死ぬとなったら必死で残そうとするかもしれないけど。
昔の人の歌は引き続き読んでいきたいと思います。

