北山あさひのぷかぷかぷー

北山あさひのぷかぷかぷー

袋小路の抜け出し方

掲載情報(2026年)

◆「現代短歌」No114
 「変じゃない? そのままでいるために」

エルプラザの講演用に中城ふみ子とか大村陽子とか曽我玲子さんの歌を読みながら、「読み継ぐ」とか「読み直す」って大事なことだなとしみじみ思い、さらに吉川宏志さんの『一九七〇年代短歌史』や梶原さい子さんの『震災短歌ノート ―東日本大震災ののちに』をつづけて読んで、「読み継がれる」「読み直される」ことで歌は何度でも生き返り、わたしたちは「読み継ぐ」「読み直す」ことで何度でも歌と出会うことができるんだなと実感した。

 

でも、じゃあ、自分の歌は後世に読み継がれたいだろうか、読み直されたりしたいだろうか、と考えると、それはNOだったりする。

 

この間、前に同じ部署にいたディレクターが急病で亡くなって、自分と同い年くらいかなと思っていたら二歳年下で、自分もそろそろ死ぬんだなあという思いが強くなり、もしわたしが突然死んだらパソコンの中に残っている作品はどうなるのかなあとぼんやり考えた。

なこちゃんや樋口さんは遺歌集をつくろうとするだろうか。突然死んだわたしのために、作品を世に残そうとするだろうか。

みんなの負担を軽減するためにあらかじめ遺書のように原稿を揃え、生き延びたら原稿を追加する。そして出版費用の100万円くらいを金庫に保管しておいてもらう、というのはどうか。めんどくせ~。

やっぱり残らなくていいような気がする。死んだら、そのまま忘れられるのがいい。

 

星野道夫さんの『旅をする木』という本の中に「トーテムポールを捜して」というエッセイがある。

大昔にユーラシア大陸から干上がったベーリング海を渡ってアメリカ大陸へやって来た人びとがいて、その中で南東アラスカにとどまったのがトーテムポールの文化をもつクリンギット族とハイダ族。星野さんは彼らが太古の時代に作ったトーテムポールが残っていないかずっと捜していたのだが、アラスカとカナダの国境近くにあるクイーン・シャーロット島という孤島に古いトーテムポールが残っているとの情報を得る。二十世紀にさまざまな強国の博物館がそれらを収奪してしまうが、ハイダ族の子孫は「その神聖な場所を朽ち果ててゆくままにさせておきたいとし、人類史にとって貴重なトーテムポールを何とか保存してゆこうとする外部からの圧力さえかたくなに拒否していった」。

そして星野さんは孤島の入り江の奥で、横たわり、朽ち果てて自然へと還ろうとしているトーテムポール群を目にするのである。

その描写がなんとも哀しく、美しく、清々しいのだ。

 

短歌史の中で忘れられてしまうのも、歌が忘れられていくのも、世の理ならそれでいいのではないか。わたしの歌もトーテムポールのように朽ち果てていったらいい。

(それでもいつか、後の世の物好きがきっと見つけにくるだろう)

 

いざ死ぬとなったら必死で残そうとするかもしれないけど。

昔の人の歌は引き続き読んでいきたいと思います。

 

地方で活動するなかでもっとも厄介なのは自分の中に湧いてくる「都会を怨む気持ち」と戦わなければいけないことだ。

 

なんだ東京か。

また東京かよ。

どうせ東京でしょ。

なんで東京ばっかり。

はいはい、東京東京。

 

これは別に短歌を始めてから生じたものではなく、幼少期からずっと刷り込まれている感情でもある(わたしの場合は、だけど。他の人がどうかは知らない)。短歌を本格的に始めるようになって、エスカレートしていった。

 

なんだ東京か。

また東京かよ。

どうせ東京でしょ。

なんで東京ばっかり。

はいはい、東京東京。

東京の人はいいよね。

東京の人はずるい。

東京の人は恵まれている。

「ゆひら」とか言ってんじゃね~~~!!

 

わたしもずいぶん大人になってわかったのだが、「東京」まではいい。でも「東京の人」までいくのは全く不毛で怒ったり落ち込んだりする時間の無駄なので考えないほうがよい。

「東京の人」は別に何も悪くない。

東京の便利さや豊かさのために消費される地方があることに無頓着な人や、地方を無邪気に田舎呼ばわりする人とかはムカつくけれど、あんな大都会にいて地方が視界に入るわけがないのだから仕方ない。

そして、地方民にはわからない、東京で生きる苦しさやデメリットもたくさんあるだろう。

東京に生まれ育つことも、地方から上京することも、上京したくてもできないことも、上京したけどやっぱり地元に戻ることも、ずーっと地元で暮らすことも、どれもたまたまなのだと思う。

 

なんだ札幌か。

また札幌かよ。

どうせ札幌でしょ。

なんで札幌ばっかり。

はいはい、札幌札幌。

札幌の人はいいよね。

札幌の人はずるい。

札幌の人は恵まれている。

「ステラプレイスでパンケーキ食べよ」とか言ってんじゃね~~~!!

と思っている人もいるかもしれない。

怨むべきは構造であり、人ではない。

 

このあいだ『短歌往来』の特集に札幌文フリのことを書く機会があった。詳しくはそちらを読んでほしいのだが、札幌に文フリを持ってきたのは広澤治子さんという方で、昔「らっこ歌会」という超結社の歌会を開催したり、まひる野に所属して歌作に励んでいた方なのだ。

東京文フリの活況を横目に「東京いいな~~」「行ってみたいな~~」「でもお金ないし~~」などと言っていた我々をさっさと飛び越し、驚くべき行動力で(途中、色々と問題は発生したが)見事札幌文フリを成功させた。

これはわたしにとってはけっこう衝撃的なできごとだった。

やればできるのだ。やるかどうかが問題なのだ。

 

それはあなたが札幌という北海道という地方の中でも都会なところにいるから言えるんでしょ、と言う人もいると思う。

それはそう。自分の特権、自覚しています。

だからわたしは札幌以外の街でも歌会をやったり、地方の人も楽しめる短歌イベント(批評会やHTB歌会)をやったり、北海道のイベント情報をまとめる「北海道短歌カレンダー」をせっせと更新したりしている。

わたしは北海道の中の「恵まれている人」としてできることをやっていきたい。そこで、今どこかでモヤモヤを抱えているあなたと出会えたらいいなと思っています。

 

年明けに安立スハル『この梅生ずべし』を読み返したらおもしろくて、印象に残った歌があるので少し書きます。

 

 

手を執り合ひ醜男醜女行けり着替へして出で来しのみに疲るるわが前

 

 

「醜女」を「しこめ」と読むのは知っていたけれど「醜男」ってなんて読むんだ?と思って調べたら「ぶおとこ」だった。直球すぎる。

安立スハルは長く肺結核で療養していて体が弱かった。体は疲れているのにたまたま道で見かけた二人を見て「似たもの同士がくっつくんだな」と冷静に見ているような感じがしておもしろい。

意地悪なのではなく、寝たきりの暮らしの中で観察眼が研ぎ澄まされている。そして看病する母以外の人との関わりがほとんどない中でぶしつけともとれる率直さが生まれたのだと思う。

 

 

襤褸を着て何かあさるごとくせる男に父よと呼べり駈けて来し子は

 

掘立小屋より出で来し女(ひと)は容赦なく秋の河に子を入れて洗ひぬ

 

少年の服脱がす若き母親が子兎の皮剝ぐごとくせる

 

 

昭和27年の夏に京都から岡山へ引っ越してきたスハル。戦後まもない町の人びとの様子を写真のように切り取った歌がすごくおもしろい。

「襤褸」「掘立小屋」「若き母親」、このあたりに時代や町の雰囲気が感じられる。「何かあさるごとく」「容赦なく」「子兎の皮剝ぐごとく」。みんな粗野で、生きることに遠慮がない。

 

 

車窓(まど)に来る青田に草を取る農婦人知れず生き且つ死にゆかむ

 

唄もなく田草を取れる農婦らの前後に飛びて燕が光る

 

自転車を畦に寝かせて藺田の水に踏み入る農夫の眉目しづけし


除草機を抱へて青田より出づる農婦の体(からだ)小さく緊れり

 

 

農の人びとを詠んだ歌が多いのも『この梅生ずべし』の一つの特徴といえる。わたしは岡山へ行ったことはないが、昭和20年代はまだ田や畑ばかりの街だったのだろうと想像する。

「人知れず生き且つ死にゆかむ」も「醜男醜女」同様にぶしつけな表現だが、どこか渇いたまなざしがスハルらしいと思う。

「唄もなく田草を取れる」「自転車を畦に寝かせて」「小さく緊れり」など細かい描写によってその場の雰囲気や人物の様子が鮮明になる。ちなみに「藺田」は「いだ」と読み、畳などに使う「イグサ」を植える田んぼのことだそう。

他の歌もそうだけど動詞を多く用いている点が興味深い。

「出で来し」「駈けて来し」「踏み入る」「出づる」など。これは歌をつくるときの癖なのかもしれないけれど、スハルの歌は写真のように鋭く風景を切り取りながら、そこにある動きも同時に閉じ込めている。こういうのを「活写」というのだと思う。

 


汽車の中に米かつぎきてわが座席の下に押し込めり眉描(か)ける女

 

枯原の迫れる駅に降りたちし靴赤き女たちまちに去る

 

鞄提げし自(し)が影をただに踏みゆけり集団就職をする少女たち

 

夫亡きのち勁き女(ひと)にて旭川に洗ひし障子をかつぎ戻り来

 

近付けば女なりけり鳴りやまぬ寒風の中に甲板洗ふ

 

 

こうした街に生きる女たちの歌も好きだ。

米をかつぐ、障子をかつぐ。赤い靴を履いて颯爽と歩く。働くために都会へやってきて黙々と歩く。寒風の中で甲板をデッキブラシでごしごし洗う。力仕事をしている女たちは、もしかしたら戦争で夫を喪ったのかもしれない。歌集中にたまに登場する水商売風の女たち(「靴赤き女」もそうなのかな)も印象深い。

「旭川(あさひがわ)」は岡山市内を流れる一級河川らしい。岡山へ行くことがあったらぜひ見てみたい。

 

 

早起きをして寄る窓にわが畑の菊盗みゆく隣の主婦見ゆ

 

俄雨にあひたる少女わが畑の向日葵の葉をかざしゆきたり

 

 

畑から何か盗まれていて笑った歌。

 

 

盲人の按摩に妻あり子のありて霜濃き道を連れ立ちゆけり

 

おとなしき狂人住めるその門の山吹咲きて黄の鮮しき

 

 

「盲人の按摩に妻あり子のありて」「おとなしき狂人」、ここにスハルの率直さと、率直であるがゆえに何かが欠落した感じが隣り合っているが、「霜濃き道」や黄色あざやかな「山吹」を持ってくるところにはスハルのさっぱりとしてかつさりげない心寄せが見てとれる。不思議なバランスの人だと思う。

 

 

金にては幸福は齎されぬといふならばその金をここに差し出し給へ

 

 

「齎されぬ」は「もたらされぬ」と読む。

こういう歌を詠んだ人だから、偉い人、立派な人よりも、「人知れず生き且つ死にゆかむ」人びとに目が向いたのだろう。

ではこの人はどうか。

 

 

吹上御苑をひとり歩まるる天皇が寂しき人に見えをり画面に

 

 

「歩まるる」は「歩む」に尊敬を表す助動詞「るる」が接続したもの。単に「出で来し」「駈けて来し」などと書かれてきた市井の人びととはいちおう区別されている。そして、掘立小屋に住んだり農作業に明け暮れたり菊を盗む人には向けられなかった「寂しき人」を見るまなざしがある。

わたしはこの歌を読んだとき、スハルは天皇も市井の人びとも同等に詠むんだなと思った。街の中を主婦も農民も天皇も一緒に歩いているような印象すら持った。しかし細かく読んでいけば、天皇は市井の人びとの歌にまぎれてなお、「寂しき人」という異物として存在しているのだ。スハルの「ぶしつけ」の最たるものといえるかもしれない。

 

 

安立スハルにしか残せなかった「その時」がこれらの歌にはあると思う。

 

 

*引用はすべて『この梅生ずべし』(白玉書房/昭和39年3月21日 第一刷)より。漢字変換の関係で旧字体は新字体に直しました。

 

 

お知らせです。

 

・「現代短歌」No114 

「変じゃない?」のコーナーに「そのままでいるために」という文章を寄せました。

昨年の図書館大会で「文化的であることは都会的であることとイコールではない」ということを話したのですが、それに繋がる話を書きました。地方をどう詠むかということ。よろしければお読みください。

 

 

 

・北海道新聞短歌賞の選考を務めます

田中綾さんから引き継ぎまして今年から道新短歌賞の選考委員をつとめることになりました。現代短歌社賞とスケジュールがまるかぶりで個人的にいろいろ心配ですが、精一杯がんばりますのでよろしくお願いいたします。

 

 

 

北山の今後のスケジュール

 

5月17日 三潴忠典さん『曲がらなければ伊勢まで行ける』批評会@奈良県橿原市

客として遊びに行きます。楽しみすぎる。

 

6月6日 現代歌人協会賞主催「現代短歌シンポジウム」@札幌

第三部の座談会に登壇します。

 

8月23日 佐々木朔さん『往信』批評会@東京

こちらはパネリストとして川野里子さん、寺井龍哉さん、青松輝さんとご一緒します。

 

短歌のみなさま、よろしくお願いいたします。

短歌と関係ないことでは、エスコンに野球観戦に行ってエスコンマスターになりたいです。

遅くなりましたが、21日のエルプラザでの講演にお越しくださったみなさま、ありがとうございました。

3人くらいしか集まらないかもしれない・・・と思っていたところ、22名もの方が参加してくださいました。わたしの拙い話を、たくさんメモを取りながら熱心に聴いてくださっていて本当にありがたかったです。

1時間半近くしゃべりっぱなしになってしまって、途中で休憩を挟めばよかったなと反省(わたしはその後声が枯れました)。

 

エルプラザのご担当者様にも大変お世話になりました。

昨年の図書館大会での講演を聴いてくださって、今回の企画を立てられたそうです。熱意ある企画にお声がけいただけたことが本当にうれしかったです。

エルプラザの情報センターはジェンダーや女性の仕事などに関する資料が揃っていますし(阿木津英さんの書籍もあります)、札幌駅北口から地下道で繋がっていて便利ですのでぜひ利用してみてほしいです。

 

 

こちらが講演でご紹介した歌集です。

・中城ふみ子『乳房喪失』『花の原型』

・曽我玲子『薬室の窓』『八月の棕梠』

・大村陽子『砂がこぼれて』

・飯田有子『林檎貫通式』

・山川藍『いらっしゃい』

・山崎聡子『青い舌』

・山中千瀬『死なない猫を継ぐ』

 

またレジュメの終わりに『うたわない女はいない』、瀬戸夏子『をとめよ素晴らしき人生を得よ 女人短歌のレジスタンス』、石畑由紀子『エゾシカ/ジビエ』を少しだけですがご紹介しました。

 

「女性歌人」を紹介する内容としては珍しい人選もあったかもしれませんが、わたしにしかできないことは何かなと考えたときにこういうラインナップになりました。

レジュメを作りながら、何度も胸が熱くなり、涙がこみあげてきました。素晴らしい歌集と素晴らしい歌人のみなさま、ありがとうございます。わたしも頑張ろう。

 

またこういう機会をいただけたらうれしいな。

図書館関係のみなさま、よろしくお願いします!