無事に母の手術が無事に終わりました
ご心配頂いた皆様
本当にありがとうございました
母の手術はトータルで7時間掛かりました
手術室から見送った後
最終検査をした結果、胸の上に向かっている血管が太く薄くなって
今にでも破れてしまいそうなので
そこも取り替えるということになり、少々時間が延びると先生の言葉
治せる所があるならお任せするので、一気に全部治して下さい!と
兄と私、旦那の三人で頭を下げた。
すべての処置が終わりICUに入室できたのは23時少し前でした。
朝の8時から病院に来ていたので、すでに14時間ほど経過してました。
物凄い装置に囲まれた母
口からは蛇腹になった太い人工呼吸器
体からいくつもの配線が伸びて
今のところ、この機械に生かされているのだろう
麻酔が効いているのに
私たちが入室したら、母の顔が私たちのほうへ傾いた
硬く瞑っているまぶたの隙間から涙が薄らとにじむ
口が少し開きかけた
頑張ったね、母さん
そう語りかけたら 少し笑顔になったような気がした
夜も遅いので早々に引き上げ帰る
次の日は仕事のため看護師さんにお願いして
術後三日目にお見舞いに行く準備をしているとICUから連絡があり
状態が良いので個室に移るという
晴れやかな足取りで病室の扉を開けた私は
その光景に絶句し心臓が張り裂けそうな気持ちと
ここで涙を流してはいけないという気持ちでいっぱいになる
母だと思われる人物
ベッドのリクライニングを起こした状態で起き上がってはいるが
首をうな垂れたまま動かない老婆
私の知っている母より
一回りも二回りも小さく生気を感じない
扉を閉めた音に気がつたのが 顔を上げたその顔は母に似ているようで
母ではないような
瞳は半分も開いていない
唇は人工呼吸器を噛み締めすぎたのか切れて腫れ上がっている
私の名前を呼んだような気がした
蚊の鳴くような声で
全く力が入らないようだ
胸の・・・ここが・・・痛いの・・・
手術のショックと胸の血管を取り替えるために
胸骨を切断した痛みで辛いらしい
縦に20センチ近くある傷が痛々しい
話しかけるのが辛くなるくらい 弱々しい声で答える母
でも、その答えも聞いたこととは別のことを話す
ショックなんだろう
自分と戦っているんだろう
こんなに小さかったっけ お母さん
目の焦点が合ってないよ お母さん
なるべく大きな声で ゆっくりと優しい口調で話すことに集中する
私自身、何を話したか覚えてないくらい
だって、そこに集中してないと泣き出してしまいそうだったから
二時間ほど居て、疲れた様子だったので帰ってきた
帰りがけに母さんの手をしっかり握ってくることしか出来なかった
手が温かい、私の手よりも
アルツハイマーにでもなったようだけど、生きてる。
心臓は動いているんだよ。
帰りのバスでも
帰りの地下鉄でも
帰りに寄ったスーパーでも
家に着いてからも
兄に連絡しても
泣くのを我慢した
なぜかそうしなくちゃいけない気がしたから
旦那が帰ってきた
なるべく自分からはその話をしないように努めていた
どうだった?お母さん
そう聞かれた瞬間
言葉よりも先に涙があふれ声にならない声で大泣きした
自分の中の張り詰めていた糸がぶっつりと切れた
ここで泣きたかったのか
多分そうなんだろう
旦那は 力強く私を抱きしめながら
ただただ うん、うん と私の言葉を最後まで聞いてくれた・・・
その後母の状態は、少しずつ回復しているようなのだが
傷が痛くて、気持ち悪く ご飯を食べられない日が続き
このままだと感染症の肺炎になりかねないといわれ
兄と交互に休みの日はお昼時間に合わせて病院へ行き
一緒にご飯を食べたり、仕事で行けない日は休憩時間ごとに電話をして
何でもいいから話をして母の気力を維持した
6日目を過ぎた頃から傷の痛みが引いてきたのか
ご飯を美味しいと言うようになり
昨日、やっと二人部屋に移動になった
今日会った母は、すっかり手術前の母とそれほど変わらないまでに
回復していた
人間の生きようという力は凄い
生きなくちゃと思った瞬間から、瞬く間に表情が変わり
回復のスピードが増したのです
リハビリの運び次第ではクリスマス頃に退院できるかもしれないらしい。
少し 安心した
まだ 気を抜いてはいけないんだけどね
お帰り、お母さん
先生が言っていた
左心房が殆ど機能していない状態で、針一本分の隙間からやっと血液を供給している状態だったので
左心房は心臓が最後に脳に向けて血液を排出する器官だから
あと半年遅ければ、血栓が飛び出して脳にいって爆発し
植物人間になっていたそうだ
母は術前に良く言っていた
迷惑かけたくないから、死ぬときはコロッと死ぬ。
私の病気はそういう病気だから!
人間、自分の思っているように死ねないってことだ
一番迷惑かけるところだったよ。
ここ一ヶ月で
私自身の弱さを知り
周りの人々の心強さを感じ
家族の大切さを知り
守ることの大事さを知り
本当の意味での夫の愛情の深さを感じたような気がした
皆、ありがとう
母さん、ありがとう
ありがとう
ご心配頂いた皆様
本当にありがとうございました
母の手術はトータルで7時間掛かりました
手術室から見送った後
最終検査をした結果、胸の上に向かっている血管が太く薄くなって
今にでも破れてしまいそうなので
そこも取り替えるということになり、少々時間が延びると先生の言葉
治せる所があるならお任せするので、一気に全部治して下さい!と
兄と私、旦那の三人で頭を下げた。
すべての処置が終わりICUに入室できたのは23時少し前でした。
朝の8時から病院に来ていたので、すでに14時間ほど経過してました。
物凄い装置に囲まれた母
口からは蛇腹になった太い人工呼吸器
体からいくつもの配線が伸びて
今のところ、この機械に生かされているのだろう
麻酔が効いているのに
私たちが入室したら、母の顔が私たちのほうへ傾いた
硬く瞑っているまぶたの隙間から涙が薄らとにじむ
口が少し開きかけた
頑張ったね、母さん
そう語りかけたら 少し笑顔になったような気がした
夜も遅いので早々に引き上げ帰る
次の日は仕事のため看護師さんにお願いして
術後三日目にお見舞いに行く準備をしているとICUから連絡があり
状態が良いので個室に移るという
晴れやかな足取りで病室の扉を開けた私は
その光景に絶句し心臓が張り裂けそうな気持ちと
ここで涙を流してはいけないという気持ちでいっぱいになる
母だと思われる人物
ベッドのリクライニングを起こした状態で起き上がってはいるが
首をうな垂れたまま動かない老婆
私の知っている母より
一回りも二回りも小さく生気を感じない
扉を閉めた音に気がつたのが 顔を上げたその顔は母に似ているようで
母ではないような
瞳は半分も開いていない
唇は人工呼吸器を噛み締めすぎたのか切れて腫れ上がっている
私の名前を呼んだような気がした
蚊の鳴くような声で
全く力が入らないようだ
胸の・・・ここが・・・痛いの・・・
手術のショックと胸の血管を取り替えるために
胸骨を切断した痛みで辛いらしい
縦に20センチ近くある傷が痛々しい
話しかけるのが辛くなるくらい 弱々しい声で答える母
でも、その答えも聞いたこととは別のことを話す
ショックなんだろう
自分と戦っているんだろう
こんなに小さかったっけ お母さん
目の焦点が合ってないよ お母さん
なるべく大きな声で ゆっくりと優しい口調で話すことに集中する
私自身、何を話したか覚えてないくらい
だって、そこに集中してないと泣き出してしまいそうだったから
二時間ほど居て、疲れた様子だったので帰ってきた
帰りがけに母さんの手をしっかり握ってくることしか出来なかった
手が温かい、私の手よりも
アルツハイマーにでもなったようだけど、生きてる。
心臓は動いているんだよ。
帰りのバスでも
帰りの地下鉄でも
帰りに寄ったスーパーでも
家に着いてからも
兄に連絡しても
泣くのを我慢した
なぜかそうしなくちゃいけない気がしたから
旦那が帰ってきた
なるべく自分からはその話をしないように努めていた
どうだった?お母さん
そう聞かれた瞬間
言葉よりも先に涙があふれ声にならない声で大泣きした
自分の中の張り詰めていた糸がぶっつりと切れた
ここで泣きたかったのか
多分そうなんだろう
旦那は 力強く私を抱きしめながら
ただただ うん、うん と私の言葉を最後まで聞いてくれた・・・
その後母の状態は、少しずつ回復しているようなのだが
傷が痛くて、気持ち悪く ご飯を食べられない日が続き
このままだと感染症の肺炎になりかねないといわれ
兄と交互に休みの日はお昼時間に合わせて病院へ行き
一緒にご飯を食べたり、仕事で行けない日は休憩時間ごとに電話をして
何でもいいから話をして母の気力を維持した
6日目を過ぎた頃から傷の痛みが引いてきたのか
ご飯を美味しいと言うようになり
昨日、やっと二人部屋に移動になった
今日会った母は、すっかり手術前の母とそれほど変わらないまでに
回復していた
人間の生きようという力は凄い
生きなくちゃと思った瞬間から、瞬く間に表情が変わり
回復のスピードが増したのです
リハビリの運び次第ではクリスマス頃に退院できるかもしれないらしい。
少し 安心した
まだ 気を抜いてはいけないんだけどね
お帰り、お母さん
先生が言っていた
左心房が殆ど機能していない状態で、針一本分の隙間からやっと血液を供給している状態だったので
左心房は心臓が最後に脳に向けて血液を排出する器官だから
あと半年遅ければ、血栓が飛び出して脳にいって爆発し
植物人間になっていたそうだ
母は術前に良く言っていた
迷惑かけたくないから、死ぬときはコロッと死ぬ。
私の病気はそういう病気だから!
人間、自分の思っているように死ねないってことだ
一番迷惑かけるところだったよ。
ここ一ヶ月で
私自身の弱さを知り
周りの人々の心強さを感じ
家族の大切さを知り
守ることの大事さを知り
本当の意味での夫の愛情の深さを感じたような気がした
皆、ありがとう
母さん、ありがとう
ありがとう