同じ山に登っていても 夏と冬ではまったく別の山を登っている感覚になる
秋も春もそうだが、夏と冬は極端に違いがわかる
山に居ると山のことだけを考えるので 脳みそが少し安らぐ
山登りは 準備から 実際に登り、登頂したり敗退したり 下山して家に着くまでの工程が人生につながるなぁとしみじみ思う
ごちゃごちゃせず 簡単明確に物事が見えてくる
雪山
今年は初めての雪山という事もあって 冒険はせず無理だと思ったら引き返すという気持ちで挑みました
後もう少しでピークに乗りかけるというところでも 天候や自分の体力、タイムオーバーなら悔しくも泣く泣く引き返します
その先に頂上が見えているけど、その間に今おかれている状況と己の力量が この山に立ち向かえないという判断を自分自身に決裁するのです
残酷で廃退的で ただでさえ大きな山に立ち入る自分の小ささを思い知っているのに
より、太刀打ちできなかった弱さと知識の薄さにノックアウトされるのです
でも不思議と打ちのめされればされるほど その山に魅力を感じ 山に立ち向かえる知識と経験、
体力をつけてまた挑みたいと思うのであります
雪山では 夏山と違い、道があってないのです
夏の道は草が両脇に茂っているが歩く道には土が固まっていて見るからに登山道が道しるべをしてくれます
もちろん色んなコースがあったとしても、大体はそれぞれのコースに従いピーク目指して道をたどります
雪山にも誰かが歩いた踏みしめた道があります
でも、生い茂る草や葉が生えて向こうが見えないような木々がないために、どこからでも登ることができ どこへでも降りていけることが多いのです
誰かの道に乗っかって、行きたくもない方向へ行ってしまい迷ったこともあります
誰かの道に乗っかって、沢に落ちそうなったり断崖絶壁に立たされそうになったこともあります
でも それは その道を作った人のせいではなく
その道を選び、その道の先の力量に見合わなかった自分が間違っているのです
時として誰かの道は 助けられることもあるし 怖い目にあうこともある
雪山には 道がないこともある
大雪の日、風が強くて地吹雪の日 道は一瞬にして消えてしまう
初めからない時は、自分で歩いて足跡をつけなければならない
足跡のない だだっ広い雪原
綺麗だと思う反面 私はいつも恐怖を感じてしまう
そこにあるのは 白くて広いその先の向こう側すらみえない雪の大地
道しるべにもならないような同じような木々が立ち並ぶ
一瞬怯む
どうしよう 確かに手元にある地図はこの先に進めば良い事になっている
でも、果たして合っているのか?
夏山すら登ったことのない知らない山だし
帰りにこの足跡が消えたら どうやって帰ってこよう・・・
何よりも 一歩足を踏み出すのが怖い
広すぎるんだ
あまりにも広すぎて どこに何を求めて良いのかわからなくなる
自由なのに、行きたい所に行けばいいのに 山頂は一つしかないのに
初めの一歩が怖い
腰まで沈んでしまうほどの深雪
少しでも風が吹くと 自分も埋もれてしまうのではないかと不安になる
一歩二歩と進むうちに「今ならまだ引き返せるかも」という気持ちと「その先に行ってみないとわからないじゃないか」と戦っている自分の心
下準備も万全にした
ザックの中身は三日は野宿できる食料と寒さしのぎの衣料
携帯の充電器は二つも持ってきている
必要最低限、もてるだけの荷物を最小限にしてもってきた
でも、実際 山を目の前にするとワクワク感の数秒手前に底知れぬ恐怖を感じている
きっと それがなくなったら 山で死んでしまうのだろう
それくらい自分の身を投げ出し、自分で身を守らなくてはいけない状況にあるから
真剣に自分のことを考えているんだと思う
山に登るたびに 己の小ささを知り
山の準備をするたびに 己の戦う気持ちの情熱を実感しています
山はどこにも行きません
私自身が登るかどうかです
ミチ
道
路
途
満ち
未知
すべては自分にあるのではないかな。
秋も春もそうだが、夏と冬は極端に違いがわかる
山に居ると山のことだけを考えるので 脳みそが少し安らぐ
山登りは 準備から 実際に登り、登頂したり敗退したり 下山して家に着くまでの工程が人生につながるなぁとしみじみ思う
ごちゃごちゃせず 簡単明確に物事が見えてくる
雪山
今年は初めての雪山という事もあって 冒険はせず無理だと思ったら引き返すという気持ちで挑みました
後もう少しでピークに乗りかけるというところでも 天候や自分の体力、タイムオーバーなら悔しくも泣く泣く引き返します
その先に頂上が見えているけど、その間に今おかれている状況と己の力量が この山に立ち向かえないという判断を自分自身に決裁するのです
残酷で廃退的で ただでさえ大きな山に立ち入る自分の小ささを思い知っているのに
より、太刀打ちできなかった弱さと知識の薄さにノックアウトされるのです
でも不思議と打ちのめされればされるほど その山に魅力を感じ 山に立ち向かえる知識と経験、
体力をつけてまた挑みたいと思うのであります
雪山では 夏山と違い、道があってないのです
夏の道は草が両脇に茂っているが歩く道には土が固まっていて見るからに登山道が道しるべをしてくれます
もちろん色んなコースがあったとしても、大体はそれぞれのコースに従いピーク目指して道をたどります
雪山にも誰かが歩いた踏みしめた道があります
でも、生い茂る草や葉が生えて向こうが見えないような木々がないために、どこからでも登ることができ どこへでも降りていけることが多いのです
誰かの道に乗っかって、行きたくもない方向へ行ってしまい迷ったこともあります
誰かの道に乗っかって、沢に落ちそうなったり断崖絶壁に立たされそうになったこともあります
でも それは その道を作った人のせいではなく
その道を選び、その道の先の力量に見合わなかった自分が間違っているのです
時として誰かの道は 助けられることもあるし 怖い目にあうこともある
雪山には 道がないこともある
大雪の日、風が強くて地吹雪の日 道は一瞬にして消えてしまう
初めからない時は、自分で歩いて足跡をつけなければならない
足跡のない だだっ広い雪原
綺麗だと思う反面 私はいつも恐怖を感じてしまう
そこにあるのは 白くて広いその先の向こう側すらみえない雪の大地
道しるべにもならないような同じような木々が立ち並ぶ
一瞬怯む
どうしよう 確かに手元にある地図はこの先に進めば良い事になっている
でも、果たして合っているのか?
夏山すら登ったことのない知らない山だし
帰りにこの足跡が消えたら どうやって帰ってこよう・・・
何よりも 一歩足を踏み出すのが怖い
広すぎるんだ
あまりにも広すぎて どこに何を求めて良いのかわからなくなる
自由なのに、行きたい所に行けばいいのに 山頂は一つしかないのに
初めの一歩が怖い
腰まで沈んでしまうほどの深雪
少しでも風が吹くと 自分も埋もれてしまうのではないかと不安になる
一歩二歩と進むうちに「今ならまだ引き返せるかも」という気持ちと「その先に行ってみないとわからないじゃないか」と戦っている自分の心
下準備も万全にした
ザックの中身は三日は野宿できる食料と寒さしのぎの衣料
携帯の充電器は二つも持ってきている
必要最低限、もてるだけの荷物を最小限にしてもってきた
でも、実際 山を目の前にするとワクワク感の数秒手前に底知れぬ恐怖を感じている
きっと それがなくなったら 山で死んでしまうのだろう
それくらい自分の身を投げ出し、自分で身を守らなくてはいけない状況にあるから
真剣に自分のことを考えているんだと思う
山に登るたびに 己の小ささを知り
山の準備をするたびに 己の戦う気持ちの情熱を実感しています
山はどこにも行きません
私自身が登るかどうかです
ミチ
道
路
途
満ち
未知
すべては自分にあるのではないかな。