2013年、夏10
大学時代の親友Tは上海に勤務しており、今夏は8月に一時帰国する予定だ。仙台のHを囲む会を催すべく、仙台の秋保温泉ツアーも検討したが皆の都合がつかず次回のお楽しみとなった。この8月は再び吉祥寺会の予定である。
仙台へは2006年以来暫く行っていない。
東日本大震災の際は電話もつながらずH家族の安否が気になったが、数日後にやっと電話がつながり元気な声を聞いた時はホットした。短い会話からも生活の大変さが伝わり、宮城県北部に住む母親を少ないガソリンで向かいに行き、何とか帰仙したとのこと。
震災後にプリウスのタクシーに乗った際、ある美談を聞いた。震災の日、運転手さんが営業所に戻ろうとすると、50歳前後の紳士に呼び止められ、どうしても仙台に行ってほしいと懇願されたとのこと。話を聞くと年老いた母親が一人仙台で暮らしており、何としても向かいたいとのことだったが、運転手さんは何度か断ったそうで、それでも最後は折れて北へ向かうことになったそうである。
関東を抜ける迄が大変で、途中コンビニなどに立ち寄りながら目的地に辿り着いたところ、幸い母親は無事で、今度は東京に連れて戻ることになったそうだ。運転手さんも10時間近い運転で疲弊しており、そちらの家で仮眠させてもらい、何とか無事帰京できたそうである。
紳士の熱意、運転手さんの対応も見事である。それにしてもプリウス恐るべし。我が家はこの話を聞き、アクアに買い換えた次第である。
愛とハイブリットがあれば何とかなる!
仙台へは2006年以来暫く行っていない。
東日本大震災の際は電話もつながらずH家族の安否が気になったが、数日後にやっと電話がつながり元気な声を聞いた時はホットした。短い会話からも生活の大変さが伝わり、宮城県北部に住む母親を少ないガソリンで向かいに行き、何とか帰仙したとのこと。
震災後にプリウスのタクシーに乗った際、ある美談を聞いた。震災の日、運転手さんが営業所に戻ろうとすると、50歳前後の紳士に呼び止められ、どうしても仙台に行ってほしいと懇願されたとのこと。話を聞くと年老いた母親が一人仙台で暮らしており、何としても向かいたいとのことだったが、運転手さんは何度か断ったそうで、それでも最後は折れて北へ向かうことになったそうである。
関東を抜ける迄が大変で、途中コンビニなどに立ち寄りながら目的地に辿り着いたところ、幸い母親は無事で、今度は東京に連れて戻ることになったそうだ。運転手さんも10時間近い運転で疲弊しており、そちらの家で仮眠させてもらい、何とか無事帰京できたそうである。
紳士の熱意、運転手さんの対応も見事である。それにしてもプリウス恐るべし。我が家はこの話を聞き、アクアに買い換えた次第である。
愛とハイブリットがあれば何とかなる!
2013年、夏9
スカイツリーで賑わう押上にワインバー「遠藤利三郎商店」はある。遠藤さんご本人は存じあげないが、遠藤家の親戚の方とは幼い頃から面識があり、確かあちらが数年先輩のはずである。

この夜も店は賑わっていたようであるが、こちらは直ぐ近くに開いた系列の立ち飲み「角打ち利三郎」でワインをひっかけ早めに店を出た。
すると何処からか祭り囃子が聞こえてきたので足を向けると、商店街の一画で盆踊りの真最中であった。この辺りは秋祭りのはずなので夏の頃にはめずらしい。


屋台がたくさん出ている訳でもなく、下町の小さな夏祭りも悪くない。

帰路は押上駅へ。こちらの階段はスカイツリー開業前まで押上3丁目方面へ出るメインの出口だったが、今や人通りもまばらな様子である。

この夜も店は賑わっていたようであるが、こちらは直ぐ近くに開いた系列の立ち飲み「角打ち利三郎」でワインをひっかけ早めに店を出た。
すると何処からか祭り囃子が聞こえてきたので足を向けると、商店街の一画で盆踊りの真最中であった。この辺りは秋祭りのはずなので夏の頃にはめずらしい。


屋台がたくさん出ている訳でもなく、下町の小さな夏祭りも悪くない。

帰路は押上駅へ。こちらの階段はスカイツリー開業前まで押上3丁目方面へ出るメインの出口だったが、今や人通りもまばらな様子である。
