ぼくのミステリ作法 | 朝の書評

ぼくのミステリ作法

赤川 次郎
ぼくのミステリ作法
 これはずいぶん前に買って読んで、そのときはあんまりピンと来なかったんですけれども、先ごろふと読み直してみたら、なかなかおもしろかったんですよ。どうもね、天才肌の人は、自分のやってることを当たりまえだと思ってるから、あんまり自覚がないんだと思います。現役時代の長嶋茂雄にヒットの打ち方を聞いたら、「簡単さ。こうやるんだよ」とバットを振ってくれたかもしれません。それがわからないから聞いてるんだけど。
 この本にも、トリックは何となく思いつく、なんて書かれてあるので、そういうところだけ読むと、なんで教えてくれないんだよ、ケチ。などと思ってしまいますが、よく読むと、重要なことがさらっと書いてあるんですね。
 特に、巻末に『実作編』として掌編がいくつか載っていて、作者自身の注がついてるんですが、そこをよく読むと、アイデアの思いつき方が素直に書かれています。
 「主婦に向かない副業」を読むと、タイトルに注がついていて、「女には向かない職業」から思いついたとあります。探偵は男である場合が多いので逆に女を探偵にする、そこをさらにひねって主婦を探偵にする。赤川次郎はこのような定型の逆の組合せを考えるのが好きみたいですね。それがまずアイデアの取っ掛かりになるとわかる。
 さらに注を読んでいくと、主婦なのでスーパーで買物しているときに事件が起こる、解決のきっかけを与えるために夫にヒントとなる台詞を言わせる、というふうに、アイデアの思いつき方があっさり書かれてあります。
 主人公の主婦は、友人のおっとりした主婦が危機になって、その夫も頼りなくて、義憤にかられて捜査を開始し、逡巡する友人の夫を「そんなことで奥さんを持つ資格はありませんよ!」と叱り付ける。種明かしは、店長に襲われそうになって逃げたが、夫に変に疑われるのが恐くて曖昧にしていたのだった。
 こういう人間的というか常識的な感情の流れがシチュエーションになってるんですね。これに、ミステリのプロットやトリックを加えてひとつの作品に構成していく。丁寧に読んでいくと、そういうプロの手順が垣間見えるお奨め本です。