アンドロメダ星座まで グレゴリオ・C・ブリヤンテス(新潮2006/04) | 朝の書評

アンドロメダ星座まで グレゴリオ・C・ブリヤンテス(新潮2006/04)

 
新潮 2006年 04月号
(宮本靖介・土井一宏 訳)

【完全ネタバレ全あらすじ】
 フィリピンに住む12歳の少年ベンは映画館で映画を見終わり、お金は十分に貯めてあるので、一ヶ月間は毎週末映画を見に来ることができるだろうと思った。映画の内容は、第三次世界大戦で崩壊した地球をロケットで脱出した人たちが、美しい緑に恵まれた第二の地球を発見するまでを描いたものだった。
 ペンは友人のペペと共に映画館を出て、何人かの知り合いに挨拶しつつ宵の口の街を歩いた。広場まで来てベンチに腰を下ろしローラースケートで遊ぶ子供たちを見ていると、友人のチトがやってきた。ベンはさっき見た映画の話をして、星空を見上げ、火星人やら月への移住やらのことを話したが、チトは現実離れしてくだらないと言った。それじゃあチトがマリータにラブレターを出した話をしようとベンは言った。そのことをクラスの女子全員が知ってると言うと、チトは恥ずかしがってベンチから転げ落ち、三人の少年は大笑いして、くすぐりっこして、レスリングごっこして、それから教会の前まで競走した。
 友人たちと別れて歩き出し、発電所の傍の橋の上に立ち夜空を見上げた。川向こうには平野が地平線のかなたまで続き暗闇の中に星が湧き出ていた。ベンは宇宙の果てからの合図のような振動を感じ、自分が無力で小さな存在であると思った。
 帰宅すると、父はまだ帰っておらず、母とドラ叔母とルス姉とフィアンセのチトンが庭にいた。家の中には祖父母の肖像画とポル兄とレイミー義姉と彼女の赤ちゃんがいた。ベンは赤ちゃんに催眠術をかける真似をし、赤ちゃんが粥を吹いた。ベンは再び庭に出て芝生に寝そべった。我が家という入江の中で寝そべっておれば、星空を見上げても安全だとベンは思った。
 宇宙について考えていると、父がシボレーに乗って帰ってきた。甘ったるいガソリンの匂いは、父の葉巻、兄のパイプ、長雨の後の晴れ上がった朝と同じ、ベンの好きな種類のものだった。父と子の深い愛情を込めた儀式として、ベンは父の書類カバンを受け取った。チトンが父に挨拶し、ルス姉を素晴らしい方だと言って帰っていった。お気に入りの椅子に座った父にベンがスリッパを持って行き、夕食が始まった。
 家族の団欒があり、夕食後みなは庭で涼んだ。ベンは流れ星を見て、橋の上で感じた振動の響きが胸に蘇ってきた。それはもはや苦痛ではなく、彼自身と一体化した思想であり、神の存在と同じものになり、恐怖心は去った。父の家の中なら、愛に包まれどのような邪悪なものも手出しできないのだ。
 いつの日か、少年時代の思い出も夢もほとんど色あせてしまった頃に、ベンはまた永遠の名前の反響に似たこの振動音を感じるかもしれないし、この神秘を理解できるようになるかもしれないし、そうはならないかもしれない。ひょっとしたら自分の大罪のために永遠に理解できないかもしれない。しかしそれは今夜ではない。ベンは、父が帰ってきたこと、家族全員が夏の夜長を家で平穏無事に過ごしていること、明日の日曜日には全員揃ってミサに行くこと、そのあと友人と泳ぐことを考えた。そして昼からは、今度は父と一緒にまたあの映画を見よう、と思った。

【感想】
 少年の平穏無事な半日が描かれている。どうやらかなり裕福な家庭であり、大家族である。それをどう考えろと言うのだろう。フィリピンのことはよく知らないが、おそらく多くの貧しい人たちがいる格差社会という印象がある。こんな裕福な家族は珍しいんじゃないか。それについては何も書かれてないので、つまりはそのような話ではないのだろう。とすると、単に金持ち一家を羨ましがれという話なのかな。親子愛とか大家族の楽しさとか何不自由なく暮らす少年とか、あるいはルス姉が、弁護士のフィアンセの言うとおり、素晴らしい方であることとかを、どうだ素晴らしいだろう、と思うべき小説なのか。
 最後まで読むと、この少年は、「少年時代の思い出も夢もほとんど色あせてしまった頃」に何かを理解するかもしれないし、しないかもしれない、そしてそれは今夜ではないとある。ここで読者は、未来のある時点から過去を振り返る視点を提供される。そして、「自分の大罪のために永遠に理解できないかもしれない」という唐突な言葉と、「家族全員が平穏無事に過ごしている」という結末とが対照されてくる。
 つまり、平穏無事ではないかもしれない未来から平穏無事な「今夜」を振り返る視点が読者の中に形成される。これは「なつかしさ」を喚起する技法なのだ。そう言えば、「沖で待つ」を最近読んだのだが、冒頭と結末に幽霊が登場し、幽霊が心残りを解消してこの世から消え去るところが結末になっている。これもまた、幽霊が消えた現在から、新人社員時代をなつかしく振り返る視点を提供するのだ。
 やっぱりこれは、どうだ素晴らしいだろう、と思うべき小説なのだ。ここに書かれてある平穏無事な少年の状態は、滅多にない奇跡的なことであるらしいということが結末で示されたのだ。少年は「父さんが帰ってきた」と何度も繰り返すが、だとすると、この父は滅多に家には帰って来ないのかもしれない。