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あなた、そしてあなたがこの関係性の「今、ここ」に提供しているもの

8.勇気
種子には、この先なにが起こることになるのか知ること はできない。種子は花のことなどこれまで一度も知らなか った。そして、自分が美しい花になる力を秘めていること など、種子には信じることすらできない。旅は長く、道は わからず、なにひとつ保証はないのだから、旅に出ないほ うが安全なのは決まっている。保証はなにひとつありえな いのだ。旅の危難は数限りなく、落し穴はいくらでもある ——が、種子は硬い核のなかに秘められて安全だ。だが、 種子は試みる、努力する。安全だった硬い殻を落とし、種 子は動きはじめる。すぐに戦いがはじまる——土との、石 との、岩との格闘。しかも、種子はひじょうに硬いが、芽 はとてもとても柔らかく、危険はいくらでもある。種子には危険はない。種子は千年も生き永らえること ができただろう。だが、芽には多くの危険が待ち受けてい る。だが、芽は未知なるものへと、太陽へと、光の源へと、 どこともわからないまま、なぜかもわからないまま、進み はじめる。背負う十字架は大きい。だが、種子は夢にとり 憑かれ、進んでいく。人間にとっても道は同じだ。容易ではない。多くの勇気 が必要になる。 Osho Dang Dang Doko Dang Chapter 4
解説:このカードが示しているのは、昼の光へと出ていく道の途中で、 岩や石の挑戦を受けている小さな野の花です。明るい金色の光の オーラに包まれて、その小さな自己の尊厳をさらしています。恥 じることもなく、野の花は、もっとも明るい太陽にも匹敵しま す。ひじょうに困難な状況に直面したとき、私たちには選択 の余地があります。腹を立て、苛酷な運命をほかのせいにするた めに、なにか人かものごとを見つけようとすることもできますし、 その挑戦を正面から受け止めて、成長することもできます。この 花は、その道を私たちに示しています。生への自らの情熱によっ て暗闇から抜け出し、光へと導かれていくのですから——。生の いくつもの挑戦に抵抗したり、その挑戦を避けたり拒絶しようと したりしても、なんの意味もありません。それはそこにあり、そ して、もし種子が花になることになっているのであれば、私たち はそれを通り抜けなければならないのです。もともとなるべき花 へと成長していけるだけの勇気をもちましょう。
相手、そして相手がこの関係性に提供しているもの

7. 覚醒
心(マインド)はけっして賢明ではない——賢明なのは無心 (ノー・マインド)だけ だ。無心だけが本来のもの、そして、根本的なものだ。無 心だけが革命的なもの——行動における革命だ。この心は、一種の麻痺状態をもたらす。過去の記憶の 重荷を負わされ、将来の計画の重荷を負わされて、あな たは生きつづける——最小限に。あなたは最大限には生 きていない。あなたの炎はひじょうにかすかなままだ。あ なたがひとたび思考を、過去に自分が集めた埃を落とし はじめたら、炎が立ち昇る——きれいで、透明で、活き活 きとして、若い。あなたの生全体がひとつの炎になり、そ の炎にはどんな煙も立たない。それが、覚醒のなんたるか だ。 Osho A Sudden Clash of Thunder Chapter 1
解説:幻想、あるいは"マーヤ"のヴェール、現実をあるがままに認 めることからあなたを遠ざけてきたそのヴェールに火がついて、 燃えはじめています。この火は、情熱という熱い火ではなく、覚 醒の涼しげな炎です。その炎がヴェールを焼いていくにつれて、 ひじょうにデリケートで子どものようなブッダの顔が見えてきま す。今、あなたのなかで成長している覚醒は、意識して「やる こと」の結果でもなく、また、なにかを起こらせるために奮闘し なければならないということでもありません。自分はこれまで暗 闇のなかで手探りしてきたのだという、おそらくあなたが感じて いるに違いないその感覚は、今、溶けて消えようとしています。 あるいは、間もなく溶けてなくなるでしょう。自分を落ち着かせ、 内側の深いところで自分はまさに目撃者であり、永遠に沈黙し、 気づき、変わらないのだということを覚えておきましょう。行動 という表層から覚醒というその中心へ、ひとつの通路が今、開こ うとしています。それはあなたが執着から離れる助けとなり、新 しい覚醒があなたの目からヴェールを引き上げてくれるでしょう。
ふたりのエネルギーの出会い

5.ノー・シングネス(無)
仏陀は、ほんとうに潜在能力の高い言葉のひとつを選 んだ——シュニヤータ。英語、それに相当する英語"ナッ シングネスn o t h i n g n e s s "は、それほど美しい言葉ではな い。私がそれを"ノー・シングネスn o - t h i n g n e s s "とした いのは、そのためだ——。というのも、無というナッシン グは、ただのナッシングではないからだ。それはすべてだ。あらゆる可能性で脈打っている。それは潜在能力、絶対 的な潜在能力だ。それはまだ顕現していない。だが、すべ てを含んでいる。初めに自然があり、終わりに自然がある。 だとしたら、なぜ、その真ん中でそんなに大騒ぎするのか ね? なぜ、その中間で、そんなに心配し、そんなに気を もみ、そんなに野心を抱くのかね? なぜ、それほどの絶 望をつくりだすのかね?無から無へ、それが旅のすべてだ。 Osho Take it Easy, Volume 1 Chapter 5
解説:「隙間のなかに」在ると、方向を見失い、怖くなることすらあり ます。しがみつくものはなにひとつなく、方向感覚もなく、この 先にどのような選択と可能性が待ち受けているのか、そのヒント すらつかめません。しかし、宇宙が創造される以前から存在して いたのは、まさに純粋な潜在能力という、この状態だったのです。 今あなたにできることは、この無のなかへとリラックスしていく ことだけです……言葉と言葉のあいだにある、この沈黙のなかへ と落ちること……出ていく息と入ってくる息の中間にある、この 隙間を見守ることです。そして、その体験の空っぽの瞬間を、ひ とつひとつ大切にしましょう。神聖ななにかが、まさに生まれようとしています。
洞察

18.過去生
子どもは、過去生で充分瞑想し、死がもたらす闇と闘 えるだけの瞑想的エネルギーを創造していて初めて、意識 を保っていられるようになる。人はただぼんやりとした状 態のなかで我を失い、そして突然、新し い子宮を見つけだし、古いからだのことは すっかり忘れてしまう。そこには断絶があ る。この闇、この無意識が、その断絶を 生み出す。東洋はこうした障害を突き抜け ようとして懸命に働きかけてきた。そして、その 一万年にもおよぶ働きかけは、無駄にな ってはいない。誰でもひとつの過去生、 あるいは多くの過去生を見通すことができるのだ。だが、 そのためには、自分の瞑想に深く入って行かなければなら ない。それにはふたつの理由がある——。深く入って行か ないかぎり、別の生への扉が見つからないから だ。二番目に、あなたは瞑想に深く入って いなければならないが、それは、別の 生への扉が見つかると、出来事 が洪水のように心に押し寄せて くるからだ。ひとつの生をつづけていくことですら、 充分骨が折れる……。 Osho Hyakujo: The Everest of Zen Chapter 7
解説:存在の両手が女性生殖器、宇宙の母の開口部を形づくってい ます。その内部には過去の多くのイメージ、顔が現われています。 自分は過去生では有名だったのだと空想するのは面白いでしょう が、それは慰めにすぎません。ほんとうの要点は、生の カルマのパターンと、そのパターンの根——私 たちを無意識な振るまいの罠にかけ、果てしなく繰り返されるサ イクルのなかにある根——を見て理解することにあります。両 側に配された二匹のニジイロトカゲは、知っていると知らないを 表わしています。彼らは無意識なるものの守護者で、ヴィジョン へ向けた私たちの準備が整っているかどうかを確かめています。 このヴィジョンは、準備が整っていなければ害を及ぼすかもしれ ないものなのです。私たちの存在は永遠だということを一瞥する ことは、贈りものです。そして、私たちの生におけるカルマの働 きを理解することは、自分の思い通りに把握できるようなことで はありません。これは、目を覚ましなさいという呼び声なのです。 あなたの生における出来事が、あなたの魂(ソウル) の旅と同じくらい古く からあるひとつのパターンを見せてくれようとしています。
あなた、そしてあなたがこの関係性の「今、ここ」に提供しているもの

8.勇気
種子には、この先なにが起こることになるのか知ること はできない。種子は花のことなどこれまで一度も知らなか った。そして、自分が美しい花になる力を秘めていること など、種子には信じることすらできない。旅は長く、道は わからず、なにひとつ保証はないのだから、旅に出ないほ うが安全なのは決まっている。保証はなにひとつありえな いのだ。旅の危難は数限りなく、落し穴はいくらでもある ——が、種子は硬い核のなかに秘められて安全だ。だが、 種子は試みる、努力する。安全だった硬い殻を落とし、種 子は動きはじめる。すぐに戦いがはじまる——土との、石 との、岩との格闘。しかも、種子はひじょうに硬いが、芽 はとてもとても柔らかく、危険はいくらでもある。種子には危険はない。種子は千年も生き永らえること ができただろう。だが、芽には多くの危険が待ち受けてい る。だが、芽は未知なるものへと、太陽へと、光の源へと、 どこともわからないまま、なぜかもわからないまま、進み はじめる。背負う十字架は大きい。だが、種子は夢にとり 憑かれ、進んでいく。人間にとっても道は同じだ。容易ではない。多くの勇気 が必要になる。 Osho Dang Dang Doko Dang Chapter 4
解説:このカードが示しているのは、昼の光へと出ていく道の途中で、 岩や石の挑戦を受けている小さな野の花です。明るい金色の光の オーラに包まれて、その小さな自己の尊厳をさらしています。恥 じることもなく、野の花は、もっとも明るい太陽にも匹敵しま す。ひじょうに困難な状況に直面したとき、私たちには選択 の余地があります。腹を立て、苛酷な運命をほかのせいにするた めに、なにか人かものごとを見つけようとすることもできますし、 その挑戦を正面から受け止めて、成長することもできます。この 花は、その道を私たちに示しています。生への自らの情熱によっ て暗闇から抜け出し、光へと導かれていくのですから——。生の いくつもの挑戦に抵抗したり、その挑戦を避けたり拒絶しようと したりしても、なんの意味もありません。それはそこにあり、そ して、もし種子が花になることになっているのであれば、私たち はそれを通り抜けなければならないのです。もともとなるべき花 へと成長していけるだけの勇気をもちましょう。
相手、そして相手がこの関係性に提供しているもの

7. 覚醒
心(マインド)はけっして賢明ではない——賢明なのは無心 (ノー・マインド)だけ だ。無心だけが本来のもの、そして、根本的なものだ。無 心だけが革命的なもの——行動における革命だ。この心は、一種の麻痺状態をもたらす。過去の記憶の 重荷を負わされ、将来の計画の重荷を負わされて、あな たは生きつづける——最小限に。あなたは最大限には生 きていない。あなたの炎はひじょうにかすかなままだ。あ なたがひとたび思考を、過去に自分が集めた埃を落とし はじめたら、炎が立ち昇る——きれいで、透明で、活き活 きとして、若い。あなたの生全体がひとつの炎になり、そ の炎にはどんな煙も立たない。それが、覚醒のなんたるか だ。 Osho A Sudden Clash of Thunder Chapter 1
解説:幻想、あるいは"マーヤ"のヴェール、現実をあるがままに認 めることからあなたを遠ざけてきたそのヴェールに火がついて、 燃えはじめています。この火は、情熱という熱い火ではなく、覚 醒の涼しげな炎です。その炎がヴェールを焼いていくにつれて、 ひじょうにデリケートで子どものようなブッダの顔が見えてきま す。今、あなたのなかで成長している覚醒は、意識して「やる こと」の結果でもなく、また、なにかを起こらせるために奮闘し なければならないということでもありません。自分はこれまで暗 闇のなかで手探りしてきたのだという、おそらくあなたが感じて いるに違いないその感覚は、今、溶けて消えようとしています。 あるいは、間もなく溶けてなくなるでしょう。自分を落ち着かせ、 内側の深いところで自分はまさに目撃者であり、永遠に沈黙し、 気づき、変わらないのだということを覚えておきましょう。行動 という表層から覚醒というその中心へ、ひとつの通路が今、開こ うとしています。それはあなたが執着から離れる助けとなり、新 しい覚醒があなたの目からヴェールを引き上げてくれるでしょう。
ふたりのエネルギーの出会い

5.ノー・シングネス(無)
仏陀は、ほんとうに潜在能力の高い言葉のひとつを選 んだ——シュニヤータ。英語、それに相当する英語"ナッ シングネスn o t h i n g n e s s "は、それほど美しい言葉ではな い。私がそれを"ノー・シングネスn o - t h i n g n e s s "とした いのは、そのためだ——。というのも、無というナッシン グは、ただのナッシングではないからだ。それはすべてだ。あらゆる可能性で脈打っている。それは潜在能力、絶対 的な潜在能力だ。それはまだ顕現していない。だが、すべ てを含んでいる。初めに自然があり、終わりに自然がある。 だとしたら、なぜ、その真ん中でそんなに大騒ぎするのか ね? なぜ、その中間で、そんなに心配し、そんなに気を もみ、そんなに野心を抱くのかね? なぜ、それほどの絶 望をつくりだすのかね?無から無へ、それが旅のすべてだ。 Osho Take it Easy, Volume 1 Chapter 5
解説:「隙間のなかに」在ると、方向を見失い、怖くなることすらあり ます。しがみつくものはなにひとつなく、方向感覚もなく、この 先にどのような選択と可能性が待ち受けているのか、そのヒント すらつかめません。しかし、宇宙が創造される以前から存在して いたのは、まさに純粋な潜在能力という、この状態だったのです。 今あなたにできることは、この無のなかへとリラックスしていく ことだけです……言葉と言葉のあいだにある、この沈黙のなかへ と落ちること……出ていく息と入ってくる息の中間にある、この 隙間を見守ることです。そして、その体験の空っぽの瞬間を、ひ とつひとつ大切にしましょう。神聖ななにかが、まさに生まれようとしています。
洞察

18.過去生
子どもは、過去生で充分瞑想し、死がもたらす闇と闘 えるだけの瞑想的エネルギーを創造していて初めて、意識 を保っていられるようになる。人はただぼんやりとした状 態のなかで我を失い、そして突然、新し い子宮を見つけだし、古いからだのことは すっかり忘れてしまう。そこには断絶があ る。この闇、この無意識が、その断絶を 生み出す。東洋はこうした障害を突き抜け ようとして懸命に働きかけてきた。そして、その 一万年にもおよぶ働きかけは、無駄にな ってはいない。誰でもひとつの過去生、 あるいは多くの過去生を見通すことができるのだ。だが、 そのためには、自分の瞑想に深く入って行かなければなら ない。それにはふたつの理由がある——。深く入って行か ないかぎり、別の生への扉が見つからないから だ。二番目に、あなたは瞑想に深く入って いなければならないが、それは、別の 生への扉が見つかると、出来事 が洪水のように心に押し寄せて くるからだ。ひとつの生をつづけていくことですら、 充分骨が折れる……。 Osho Hyakujo: The Everest of Zen Chapter 7
解説:存在の両手が女性生殖器、宇宙の母の開口部を形づくってい ます。その内部には過去の多くのイメージ、顔が現われています。 自分は過去生では有名だったのだと空想するのは面白いでしょう が、それは慰めにすぎません。ほんとうの要点は、生の カルマのパターンと、そのパターンの根——私 たちを無意識な振るまいの罠にかけ、果てしなく繰り返されるサ イクルのなかにある根——を見て理解することにあります。両 側に配された二匹のニジイロトカゲは、知っていると知らないを 表わしています。彼らは無意識なるものの守護者で、ヴィジョン へ向けた私たちの準備が整っているかどうかを確かめています。 このヴィジョンは、準備が整っていなければ害を及ぼすかもしれ ないものなのです。私たちの存在は永遠だということを一瞥する ことは、贈りものです。そして、私たちの生におけるカルマの働 きを理解することは、自分の思い通りに把握できるようなことで はありません。これは、目を覚ましなさいという呼び声なのです。 あなたの生における出来事が、あなたの魂(ソウル) の旅と同じくらい古く からあるひとつのパターンを見せてくれようとしています。
