愛するテラへ。。。という本の文章を抜粋してます。
(略)その結果は「四」となります。『ひい、ふう、みで、よができた』と言いますが、四は結果、具体的な形を表します。この世はサイコロのように、四角の面(正方形)と六つの平面をもって安定します。(略)
また、有機体である人にとって基本の数は、五が要となります。人には思いを発する頭が一つ、その思いを表現する手が二本、そしてそのすべてを実行する足が二本、つまり合計五つのポイントがあります。その五でまとまることが五(イ)、即ち意思となります。
(略)よく男は外に出ると七人の敵がいるといいますが、自分を入れると八人です。八といえのは調和という数になり、全体ど本来は安定し、調和することを意味しています。ですから自分と七人の敵、としないで、皆で八人、とすると調和が生まれます。また七人の敵がいるということは、自分を中心にして、七つの方向性と変化があるということでもあります。
仏教の世界では、自分を抜いた七という数を出して、七の固めを意味する仏(あの世)を表現しています。自分をこちらにおいて七を向こう側におき、その七をひとつのまとめ、サイクルとして回します。七は変化の数でもあり、初七日、四十九日など、仏教ではこの数を基本にしています。それは自分と向こう(彼岸)、彼岸とこちらというサイクルを上手に回すことでもあります。
一方、神道はどちらかというと八の繰り返しです。仏教で分けたあの世もこの世も、神道では一緒です。全体で八(よろず)、やおよろずの神なんだと認めてしまいます。日本の古神道では特に「皆いっしょ」とまとめてしまいます。自分がどっちの側にいるのか、それは根本と同一という思いがあるので、あの世もこの世も一緒にここにあるとまとめるのです。
また、いろいろな数を組み合わせていくと、自然の法則が見えてきます。(略)
(略)その結果は「四」となります。『ひい、ふう、みで、よができた』と言いますが、四は結果、具体的な形を表します。この世はサイコロのように、四角の面(正方形)と六つの平面をもって安定します。(略)
また、有機体である人にとって基本の数は、五が要となります。人には思いを発する頭が一つ、その思いを表現する手が二本、そしてそのすべてを実行する足が二本、つまり合計五つのポイントがあります。その五でまとまることが五(イ)、即ち意思となります。
(略)よく男は外に出ると七人の敵がいるといいますが、自分を入れると八人です。八といえのは調和という数になり、全体ど本来は安定し、調和することを意味しています。ですから自分と七人の敵、としないで、皆で八人、とすると調和が生まれます。また七人の敵がいるということは、自分を中心にして、七つの方向性と変化があるということでもあります。
仏教の世界では、自分を抜いた七という数を出して、七の固めを意味する仏(あの世)を表現しています。自分をこちらにおいて七を向こう側におき、その七をひとつのまとめ、サイクルとして回します。七は変化の数でもあり、初七日、四十九日など、仏教ではこの数を基本にしています。それは自分と向こう(彼岸)、彼岸とこちらというサイクルを上手に回すことでもあります。
一方、神道はどちらかというと八の繰り返しです。仏教で分けたあの世もこの世も、神道では一緒です。全体で八(よろず)、やおよろずの神なんだと認めてしまいます。日本の古神道では特に「皆いっしょ」とまとめてしまいます。自分がどっちの側にいるのか、それは根本と同一という思いがあるので、あの世もこの世も一緒にここにあるとまとめるのです。
また、いろいろな数を組み合わせていくと、自然の法則が見えてきます。(略)
