子供の頃の思い出の場所へ行って来た。。。

雨はやっぱり降らなかった。。。不思議。。。
入り口でパタパタと降って来た。。。
木がうっそうと茂っているから雨は落ちて来ない。。。面白い。。。
蝉時雨。。。
凄かった。。。家の近くではそこまで鳴いていないくらいの音量!
自然ってありのまま なんだなって思った。。。
都会のほんの小さな場所。。。
入って直ぐのところにおじさんが立っていて。。。
「まっすぐ行くと大回りしながら向こう側の滝に行くけど。。。
こっちを行けば早く行けるよ。。。
まぁ~蚊に刺されながら遠回りして行くのも良いかもね~」だって。。。
ということで?蚊に刺されながら薮?の中へ。。。

子供の頃は祖父が薮には入らずにもうひとつの入り口から入ったのだろう。。。
出入り口は2つあった。。。今日知った。。。笑
祖父と行った滝のある場所はもうひとつの出入り口そのものだった。。。
蚊に刺されながら大回りして目的の滝まで歩いた。。。
ほんの5分くらいで半周できてしまう広さだったな。。。
今日は清掃日ということで滝の水は止めてあった。。。残念。。。
滝は本物ではなくて自動で流しているらしい。。。
昔は本当に流れていたのかな。。。

暑い時期は小さな子供がたくさん水遊びする場所なんだよな。。。
そんなイメージで行ったから。。。
滝が休みで子供は居なかった。。。
大人が何人か、やはり休みを知らなくて来て居ただけ。。。
母が話をした年配の女性は「50年振りに来た」と言ってたと。。。
やはり滝が流れていなくて残念だと言っていたそうだ。。。
私は「35年振りくらいかな?」今日はそういう思い出日なのかな?
何でも 思い出は思い出のままに ってことなんだろうか。。。
今日 薮の中に入って行って思った。。。
人が住んで居ない自然って心の鏡かも。。。って。。。
目黒の植物園のときに観じた感覚と同じ。。。
大人になってから守られている自然の中に入ると最初に拒否を観じる。。。
子供の時には観じない感覚『拒否』。。。
記憶にないからそうなんだろう。。。
なんで入って来たんだ。。。 って言われてるみたいな。。。
まるで。。。
潜在意識はセッション受けに来たのに表層意識がセッション受けたくない人の感覚。。。
拒否を観じると 一瞬 自分がぶれる。。。
そこの空間に入ってしまった自分を無意識に責める。。。そして焦る。。。
ひとりごとのように母と妹に言った。。。
「ひとりじゃこっちの道を通らなかったかも。。。」って。。。
きっとひとりで来ていたらその場で立ち尽くしてもう少し木々の話を聞いたかも。。。
いつもこんな観じになる。。。なのに。。。
一緒に行く? って誘う自分が居る。。。なんでだろうね。。。笑
私にとって自然は自分に向き合うための鏡になるみたい。。。
だから自然の中へあまり行かないのかも。。。
『無』になって動けなくなるときもある。。。
いつまでもその場所に居られる自分を観じることもある。。。
このまま帰れない。。。帰りたくない。。。
だから一緒に帰る人と行くんだろう。。。笑
子供のときは目の前の楽しいことに反応するだけで良かった。。。
それが『生きている』っていうことだったから。。。
大人になって何が変わったのだろう。。。
『生きている』ってことは二の次。。。
目の前のことはまず拒否をする。。。
私は大人になって忘れてしまったと思っていた感覚。。。
ここ数年でどんどん子供の頃の感覚を取り戻している観じである。。。
きっとテラコッタを創り始めて絵を描き始めたからだろう。。。
子供の頃はどろんこ遊びでままごとしたり。。。塗り絵をしたり。。。
いつからか買ってもらったもので遊ぶようになってた。。。
自分が何かする喜びをお金で買えることで無くして来たのかも。。。
大人になると付き合いはお金がなければできない。。。
そう思ってしまっている。。。
だから付き合うのが面倒になるのかもね。。。
沢山のお金が必要な訳じゃない。。。
そのときに楽しめるお金が必要なだけ。。。
いま私にお金は入って来ない。。。
ってことは楽しむことが今はないのかも。。。
意識で楽しもうとすることは切羽詰まって妹に借りている。。。
でもほんの少し。。。のつもり。。。笑
妹はちゃんと貸してくれたお金をつけているから良いんだろう。。。
先日久しぶりに洋服を買った。。。その支払いは妹と母。。。
家に帰ってからふたりとも洋服を一緒に見たけど支払いについては言わない。。。
きっといつか私が払うって思ってるのか。。。
久しぶりの買い物だからOKなのか。。。
なんにしても嬉しい。。。ありがとう。。。
これも家族だからなんだろうね。。。ありがとう。。。
夏休み。。。
あって良かったな。。。
思い出をありがとう。。。


雨はやっぱり降らなかった。。。不思議。。。
入り口でパタパタと降って来た。。。
木がうっそうと茂っているから雨は落ちて来ない。。。面白い。。。
蝉時雨。。。
凄かった。。。家の近くではそこまで鳴いていないくらいの音量!
自然ってありのまま なんだなって思った。。。
都会のほんの小さな場所。。。
入って直ぐのところにおじさんが立っていて。。。
「まっすぐ行くと大回りしながら向こう側の滝に行くけど。。。
こっちを行けば早く行けるよ。。。
まぁ~蚊に刺されながら遠回りして行くのも良いかもね~」だって。。。
ということで?蚊に刺されながら薮?の中へ。。。

子供の頃は祖父が薮には入らずにもうひとつの入り口から入ったのだろう。。。
出入り口は2つあった。。。今日知った。。。笑
祖父と行った滝のある場所はもうひとつの出入り口そのものだった。。。
蚊に刺されながら大回りして目的の滝まで歩いた。。。
ほんの5分くらいで半周できてしまう広さだったな。。。
今日は清掃日ということで滝の水は止めてあった。。。残念。。。
滝は本物ではなくて自動で流しているらしい。。。
昔は本当に流れていたのかな。。。

暑い時期は小さな子供がたくさん水遊びする場所なんだよな。。。
そんなイメージで行ったから。。。
滝が休みで子供は居なかった。。。
大人が何人か、やはり休みを知らなくて来て居ただけ。。。
母が話をした年配の女性は「50年振りに来た」と言ってたと。。。
やはり滝が流れていなくて残念だと言っていたそうだ。。。
私は「35年振りくらいかな?」今日はそういう思い出日なのかな?
何でも 思い出は思い出のままに ってことなんだろうか。。。
今日 薮の中に入って行って思った。。。
人が住んで居ない自然って心の鏡かも。。。って。。。
目黒の植物園のときに観じた感覚と同じ。。。
大人になってから守られている自然の中に入ると最初に拒否を観じる。。。
子供の時には観じない感覚『拒否』。。。
記憶にないからそうなんだろう。。。
なんで入って来たんだ。。。 って言われてるみたいな。。。
まるで。。。
潜在意識はセッション受けに来たのに表層意識がセッション受けたくない人の感覚。。。
拒否を観じると 一瞬 自分がぶれる。。。
そこの空間に入ってしまった自分を無意識に責める。。。そして焦る。。。
ひとりごとのように母と妹に言った。。。
「ひとりじゃこっちの道を通らなかったかも。。。」って。。。
きっとひとりで来ていたらその場で立ち尽くしてもう少し木々の話を聞いたかも。。。
いつもこんな観じになる。。。なのに。。。
一緒に行く? って誘う自分が居る。。。なんでだろうね。。。笑
私にとって自然は自分に向き合うための鏡になるみたい。。。
だから自然の中へあまり行かないのかも。。。
『無』になって動けなくなるときもある。。。
いつまでもその場所に居られる自分を観じることもある。。。
このまま帰れない。。。帰りたくない。。。
だから一緒に帰る人と行くんだろう。。。笑
子供のときは目の前の楽しいことに反応するだけで良かった。。。
それが『生きている』っていうことだったから。。。
大人になって何が変わったのだろう。。。
『生きている』ってことは二の次。。。
目の前のことはまず拒否をする。。。
私は大人になって忘れてしまったと思っていた感覚。。。
ここ数年でどんどん子供の頃の感覚を取り戻している観じである。。。
きっとテラコッタを創り始めて絵を描き始めたからだろう。。。
子供の頃はどろんこ遊びでままごとしたり。。。塗り絵をしたり。。。
いつからか買ってもらったもので遊ぶようになってた。。。
自分が何かする喜びをお金で買えることで無くして来たのかも。。。
大人になると付き合いはお金がなければできない。。。
そう思ってしまっている。。。
だから付き合うのが面倒になるのかもね。。。
沢山のお金が必要な訳じゃない。。。
そのときに楽しめるお金が必要なだけ。。。
いま私にお金は入って来ない。。。
ってことは楽しむことが今はないのかも。。。
意識で楽しもうとすることは切羽詰まって妹に借りている。。。
でもほんの少し。。。のつもり。。。笑
妹はちゃんと貸してくれたお金をつけているから良いんだろう。。。
先日久しぶりに洋服を買った。。。その支払いは妹と母。。。
家に帰ってからふたりとも洋服を一緒に見たけど支払いについては言わない。。。
きっといつか私が払うって思ってるのか。。。
久しぶりの買い物だからOKなのか。。。
なんにしても嬉しい。。。ありがとう。。。
これも家族だからなんだろうね。。。ありがとう。。。
夏休み。。。
あって良かったな。。。
思い出をありがとう。。。

