3月29日(火)

永らく左手を患っていて、ピアノを弾くことができない。
まあ、それ以外にもパソコンのキーボードだとか、とにかく
そんなことがうまくできない。

ピアノはずっと続けてきたわけではなく、よくあるように、
やめてしまっていて、何年か前に、ついにまじめに再開していたもの。

かなりまじめだったのだけど、そこで発症。

左手にはリハビリ的な運動が必要らしいのだが、
勤め人の悲しさで、なにぶん練習時間が少ししかとれないため、
つい、ほとんど右手の練習のみになってしまっていた。

最近になって、さすがにこれでは嫌だと思い、
先日から、少し右手の練習を減らし、リハビリだけでなく、
思い切って練習のようなものも始めてみた。

また一からやり直す覚悟だったので、どんなにできなくても
平気なつもりだった。

そうしたら、すごく、不思議なことに、

私の左手は、相変わらず指は曲がったままだけど、
音を忘れちゃいなかった。

かつての日課だった練習曲を指は覚えていたのだ。

じーんときた。

これは、私の努力の証なのだ。

かなり年をとるまで、私の辞書には「努力」はなかったといってよい。
努力できるのも才能のうち、なんてうそぶいていた。

私にはその才能がないの、なんて言って。

ピアノを再開してから、私は努力の人になった。
努力して進歩する喜びを、恥ずかしながらやっとわかった。

すっかりさび付いた指のため、基礎練習をできる限りやった。
わずかな時間の Priority はすべてピアノにささげたと言ってよい
と思う。

なぜって好きだから。

基礎練習について批判する人たちもいたけれど、私はそんなのも
含めて、ピアノを弾くのが好きなのだ。

その時間を、左手が忘れないでいてくれたことが本当に嬉しい。

私は運動神経は鈍いし、物忘れも良すぎるくらいなのだ。
ひたすら続けてきた、ただその証だと思う。

いつ治るのか見当もつかないけれど、もう私は決してやめないと
わかっている。


How Are You Now ? ......♪

Leon Fleisher Plays Brahms "Chaconne for left hand"

   これは本当に感動できるアルバムです。ピアノへの愛です。