天理と診療所の二人の医者が、お腹の腹圧を楽にするために、鼻からチューブをまた入れましょうかと、言われますが、前その為に起こったトラブルも怖いし、チューブなどに頼りたくありませんと、お断りしています。さらにもうひとつ、袋を着けることにもなります。今でも、ほとんど、横になっているので、今以上に不自由は辛いです。不快感は、吐き戻す力が有る限りは、痛み止めを使ってごまかすつもりでいます。

今週、火曜の抗がん剤は、点滴が始まってからすぐに、副作用らしき症状が始まりました。今までにはなく、初めてです。
眠たくてひどい倦怠感で、看護師さんの呼びかけににも、声がだせません。ようやっと帰宅しました。
木曜日、往診の日、飯岡先生が、私の顔を見るなり、「今日は、今までになく特にキツそうね」と言われて、しばらく話していて、「その、小さく吐くため息は、痛いの?」と聞かれました。「しんどくて🎵」と、言うと、家人に向かって、「こんなため息を聞いてるお父さんも辛いですね」と、言われました。すると、「いや、慣れたので気にしません」と、にっこり、答えます。先生は家人に同情して、バランスを取ろうとされたようです。家人が席を立ったとき、私は手話で、耳が聞こえていないと、言うと、先生は黙ってうんうんと、うなずきました。
そして、さらに私と家人のバランスを取るつもりか、私に、「うちの看護婦さん達が、池田さんは若い頃、美人だったに違いないと話してたよ」と言われます、「あら、皆誰でも、若い頃は可愛かったでしょうに。それに、過去の栄光は役にはたたないですよ🎵」と答えました。先生、素直に「まあ、そうね」と言われて、今日の先生のバランス取引は、不発🎵に終わりました。
連休は、3、4日は5人の小さな子供さんと三重の、アンパンマンショーへでかけるけど、手当てはできるし、他は居るからね、と言われて、400人の小学校の検診にでかけられました。
私は自分の小学校の校医さんが。友達のお父さんで、お腹の大きな優しい校医先生が大好きでした。今、急に、そのお父さんが聴診器を私の胸に当てながら、声をかけてくださる、その声を突然に思い出しました。友達のともちゃんは、高い声だけど、お父さんは、とても低い優しい声🎵あ〰️、一学年600人もいたあの頃、大変でしたね。でも、きっと、70才になった、ともちゃんや私にあの優しい声で、頑張ってね❤️と言ってくださると、思ったら、嬉しくて身が軽くなりました。
ありがとうございます。

本の骨子が出来て、絵本の下絵が作れたら、チューブを入れても良いかなと、思っています。

金曜日から家人が北九州に出かけると聞いて、飯岡先生、「お父さんの生き甲斐やから、仕方ないな」と、ひとり呟いていました。私は大丈夫🎵とにっこりしました。
お互い、したいことを、多少無理でもできるなら幸せです。

夕方、お寺に「コンピュータ作業がまたもや、分からなくなったので、時間が、できたら、ヘルプミー🎵」と、メール。
今日もまた、忙しかったようで。お寺の雨戸の閉まる時間が遅く、申し訳ないと思っていたら、住職と、たまたま居てくれたお兄ちゃんと二人で見に来てくれました❤️
コンピュータ復活🎵
今日は、校正をと張り切ったのに、私の頭がまだ復活しません。けっこう。こん回の抗がん剤はキツイ。でも。四年前の初めての抗がん剤の時はベッドの上で、大きな声で唸っていましたから、今回の小さなため息位は、軽いものです。しかし。私も四年前は、若かった❤️
死ぬことに対して恐怖は何とかなりそうです。助けが沢山あります。しかし、痛みの恐怖からなかなか、解放されません。どうしたものか、
飯岡先生が、「連絡してくれたら、すぐ処置の準備はするけど、30分は、最低頑張らないとね
」と言われます。30分はとても長く感じます。

そういえば、来月、東大寺三月堂に連れていっていただくことになっていました❤️
楽しいことを思うと、急に身が、軽くなります。
なるべく、自然に枯れていけるように。すでに、24時間の栄養点滴は、十分な医療のお世話になっていますから。鼻やお腹からチューブを入れるようなときには、栄養点滴は外していただく時です。

今日は、久しぶりの空。