退院した日から、また嘔吐で、訪問看護を受けました。看護師さんも二人も、来てくださって。主治医もこの寒さにいつも半袖です。重そうなカバンを2つ、左右に振り分けクロスに掛けて聖林寺の駐車場から、歩いて来られます。
また、希望する介護について話し合いました。
出来るだけ自然に枯れたいと、伝えましたが、医師は具体的です。「もし、次に肺炎などの不慮の事態になれば、一度は天理の病院におくりますよ。まだ、お母さん(私をそう呼ばれます)には、体力があります。」私は先生に「お任せします。私は、実の父に「お前はなんであんなに、パパに、優しくするのだね。やり過ぎだよ」と嫉妬され、母にも「良くがんばってる」と労ってもらい、姑にも「息子が仕事がてきたのは、お前のおかげだ」と誉めてもらうほど、主人を大切にしてきました。主人もよくぞ死ななかったと思うほどに働いた人です。私は、その他のこと、子育てなど、疎かになり、十分ではなかったと反省もあるけれど目一杯でした。ここに来て、70才も過ぎ、自然に任せて無理をしたくありません。」と伝えると、医師が傍に座っている家人に、「お父さんはそれでいいの?」と、尋ねます。もう、何度目か同じ質問です。
私は、「もう、苦しまないように楽に逝かせてくださいね」と家人に、頼みました。家人は、両手を膝に置いて、神妙にうなずいてくれました。
お地蔵様のようにふくよかで、暖かなお顔の私の主治医に、私の最期を看取っていただけることを心から、幸せに思えます。この出会いは仏様のお計らいとしか思えません。

医師の家族は両親兄弟、皆さん医者で、お爺さんも夜中であっても、カブに乗って80過ぎまで往診したのだそうです。自分はお爺さんを目標にしていると、言われていました。こうやって、患者さんの手を握って看取ったんです。と、ニッコリされた時、温かな手で、私は、思わず嬉しい🎵と喜びました。私は何て。人に恵まれてきたことか。
それまで、主治医に幾度もお会いして、色々とお話をするなかで、信頼は確かなものになります。「僕はなにもしないで、お母さんの顔を見に来てるだけだけど」と、言われます。私がそれが嬉しいですと、言います🎵
今も、看護師さんが、点滴を確認に来てくださいました。皆さんが心温かです。

家人は今。ご近所さんと、柿の木の剪定をしています。今まで、元気だった私がひとりでしていた仕事です。男性二人の仕事は、頼もしいことです。今年の柿の実は、どんなにか美しいでしょうね。

先日の嘔吐は副作用にも関係あるのでしょう。ここ数日は、静かに養生いたします。