夜中に病院に入った時のこと。今までにない痛みに、思わず大きな声で痛いですと、二度口に出したら、自分の元気な声に驚いて、こんな声が出るなら、まだ死ねないかぁ⁉️と思ったら、ここ数日の幸せを感謝感謝と思いました。すると、聖林寺観音のお腹辺りが立体的にはっきり目の前に現れ、思わず観音力と口にしようとしましたが、口の左端からしびれがきて、声はでません。すぐに全身がしびれ、身体が水中に浮かんでいるようです。声をかけられましたが返事もできず、これは、強い麻酔だなと、思いました。意識はあるのに、私の身体は大人しくなりました。

あれから、一週間。今朝まで、流動食でしたが、今、主治医が来られ、明日、抗がん剤をして、食事も普通食に徐々にもどし、入院で経過観察しましょう。と、言われました。
ありがたいことです。
すべてに、ここまで、やって来た道筋があります。後戻りはできないので、許される限り、希望をもって、毎日、1日だけを進んで見ます🎵
「光」の復元を考えていた時は、至福の時間でした。1300年の長きを、奇跡的に遺された、残欠の美しい光の断片から、奈良時代の人びとの心の軌跡を考え続けました。かならず、始まりがあり、道筋があります。
仏の光を表現するために、何を思い、物理的に危うい薄い透かし彫りの、4メートル近い、高さの物をどういう風にたちあげようと、したのか?
かならず、道筋があったはずです。
遺された物だけが、密やかに遺しているその道筋を逆にたどるのに、大変な時間を費やしました。
勿論、私自身の為に使う時間がその内のほとんどでしたか、自分が生きる為の時間だったので、致し方ありません。
残欠の一番上部分の意匠が、初めから疑問でした。装飾過多です。突端は強度から考えて、複雑にすれば、弱くなり勝ちです。
先日、彫刻をする若者達には伝えました。
昔の人達は、けして、無駄なことはしていませんでした。
突端の意匠は、観音さまの、独特の、横に大きく張った、肩の線を、そのままなどる、光の表現だったのです。
聖林寺観音の特徴でもある、あの肩の張りは、胸に沢山の空気を吸い込んだ時を表しているようです。そうして、あのお腹の絞りは、空気を吐き切る時の力強さです。
苦しい時、深呼吸をひたすら、深呼吸をせよとの、観音様からの、メッセージです。
昔は、強い麻酔薬もなく、私は贅沢な治療をうけています。
しかし、観音様からのメッセージは、心の支えです。たとえ麻酔が無いときにも、深呼吸で乗り越えましょう。
小さい人達へ、困った時は、いつも、深い深い、深呼吸ですよ。試合の時も、テストの時も、人と争いが起きた時も、ピンチの時は、必ず、深呼吸です。ついでに、

1日の終わりの眠りの時もね❤️バアバより🎵
