3月の手術前に、勝田神社に、手術成功を祈りましたと、尾辻さんのコメントを、昨日、拝見いたしました。
機械音痴で、きづかずに、申し訳ありません。
お陰様で、今、元気に、療養中です。


尾辻さんの散歩道は、だいたい、分かりますが、Googleで、検索してみました。
勝田公園の下あたりで、私が高校生の頃、今の都知事と、下校中の時間が、何度か、偶然に一緒になり、勝田神社の鳥居の横を歩きながら、政治家になる夢など、聞いた覚えがあります。
神社まで、上がったことがありませんが、検索で写真が、出ましたので、お礼の柏手を打たせていただきました。
なんと、便利な世の中です。

Googleには、大藏川が、板櫃川と、表記されているので、変だと思いました。大藏川の下が、到津あたりから、板櫃川のはずです。板櫃川の旧い名前を今、記憶しません。

板櫃という、表記について、前から、疑問があり、今だ、調べができません。

勝山勝田神社の由来も、旧いようですか、神功皇后伝説により、「八本の旗を立てる、(八幡の由来か?)
竹竿を切り出した所であり、かつ、勝利した、目出度い竹竿であるということで、勝田と、名乗ったとの、ことです。

大藏川から、見上げて、美しい山は、皿蔵山。その後ろかわに、神功皇后の船の帆柱を切り出した山と言われる、帆柱山が、尾根伝いに続きますが、下からは、見えにくいようです。

帆柱伝説が有名なために、我が小学校の母校の校歌には、「ほばしらやま~あの~」と、歌いますし、皿蔵山にかかる、ケーブルも、「ほばしらケーブル」と、言います。山頂に近い、尾根伝いの先に、帆柱山はあるので、間違いではないのですが、
紛らわしいので、皿蔵山を帆柱山にしようとする運動があるかにききました。
反対します。
かって、大倉(蔵)彦の領地があった、大倉(蔵)川のほとりの場所から、神功皇后勝利の竹竿を切り出した、伝承を消して行くことに、なります。
皿蔵は、かって、大倉彦の神の山、であったのではないかと、想像しています。皿は、かわらけ、神様への、捧げ物を入れる器でした。
私の高校時代の恩師、嵯峨山先生が、セザンヌのセント、ビイクトアール山に、例えた、美しい山の、その、旧い名前を消さないでいただきたい。

私が、勝山勝田神社に、お祈りするのは、遠いいご先祖様、(血のつながりではありません)海山川への、感謝の思いからです。
私の健康をも、お願い申しあげ、そして、感謝いたしました。

尾辻さま、皆さんへ、感謝いたしております。
今日も、元気でおります。