NHKスペシャル『マグロが消える?』の再放送を見た。

「マグロ」というタイトルで記事を書き出したとき、テーマを「たべもの」にするか「生きもの」にするか一瞬迷った。

というのは、マグロが市場に並ぶ映像を見たとき、「ああ、魚の死体だ」と思ったのである。それは「食べもの」ではあるけれど、死体という言い方あるいは見方もできるのである。

我々人間は、牛にしろ鶏にしろ魚にしろ、死体を食べているんだ。その中に人間の死体がないことが逆に不思議な気もしてくる。


BSEや鳥インフルエンザの影響などで世界的に魚の需要が増えて、結果として日本に入荷する魚が減ってきているとういうことらしい。マグロが食べられなくなる日がくるのだろうか、なんて心配げな番組だったけど、考えて見ればマグロが食べられなくなったからといって大して困りはしない。回転寿司でない寿司屋なんてもう何年も行っていないし、回転寿司屋でだってトロを食べることは滅多にない。ないとさみしいって気はするけれど、昔食べていた鯨を口にしなくなってもう何年も、いや10年以上も経つけれど、少なくとも困ってはいない。そして、鯨を食べていたを思い出すことさえない。だから、マグロが食べられなくなったとしても別にいいんじゃない。鯵も秋刀魚も鯖も平目もカレイも、おいしい魚はいっぱいあるじゃん。