『スープラ復活 本当のストーリー』 | 脇阪寿一オフィシャルブログ「脇阪寿一の走らなあかん!」Powered by Ameba

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全日本GT選手権でスープラが脇阪寿一をつくったと言いました。

 

ESSO Ultraflo Supraで戦わせてもらった僕が、今回のスープラ復活に対し、心から感謝の気持ちで書きました。

 

少し長いですが、読んでください。



 

 

全日本GT選手権を戦った歴代のスープラたちが、「スープラ スーパーGTコンセプト」の発表に華を添え、





スープラ祭りで賑わいを見せ、幕を下ろした東京オートサロン2019 TOYOTA GAZOO Racingブースでしたが、

 

 

皆さんはこの『スープラ復活 本当のストーリー』をご存知ですか!?

 

 


 

「80スープラが無ければ私はマスタードライバーになれませんでした。」

 


トヨタ自動車 豊田章男社長のお言葉です。


 

本当はこの前に「成瀬さんと」って入るのでしょうね。

 



 

豊田章男社長がマスタードライバーにならなかったら、今のトヨタ自動車のこの大改革は無かった!?

 



 

クルマに乗って頂くお客様を笑顔にする為、徹底した改革と、モータースポーツの現場から“もっといいクルマづくり”を行う今のトヨタ自動車とTOYOTA GAZOO Racing (TGR)ですが、そのTGRが今回生み出した新型A90スープラ、その誕生の原点はGAZOO Racingの始まりに遡り、そこからその『スープラ復活 本当のストーリー』が始まります。

 







 

 

当時まだ社長ではなかった豊田章男さんは、トヨタ自動車のトップテストドライバー成瀬弘さんに出会い、トヨタのクルマづくりに疑問を感じはじめます。

 

トヨタ自動車の中で豊田の姓を受け継ぐ者として、その責任感からクルマの良し悪しを深い深い部分から徹底的に理解するマスタードライバーとなる為、成瀬弘さんと共に運転訓練を始められたのです。

 

 

 

 

お二人の出会い、最初に豊田さんが成瀬さんからかけられた言葉、何やったと思います!?

 

「クルマのこともわからない人に、クルマのことああだこうだと言われたくない」

 

やったらしいですよ!!(汗)

 

「このトヨタには、俺たちみたいに命をかけてクルマをつくっている人間がいる。そのことを忘れないでほしい」

やったらしいです。

 

さらに続けて・・・

 

「月に一度でもいい、もしその気があるなら、俺が運転教えるよ!」

 

 

ここからお二人の信頼関係は始まったんですね。

 

 

 

 

 

 

さて、運転訓練の場はやがてクルマ開発の聖地、ドイツ、ニュルブルクリンクへ。

 

ドイツの自動車メーカーが発売前の車両を使用し、どんどんテストドライブを重ねる中、当時のトヨタ自動車にはそのニュルブルクリンクで運転訓練を行えるレベルにあるクルマは、生産が中止になった80スープラしかなかったそうです。

 

その時感じた悔しさを胸に豊田さんは成瀬さんと共に運転訓練を続けられます。

 

 

そしてその後2007年からGAZOO Racingとして始まったニュルブルクリンク24時間レースへの挑戦が、今のTOYOTA GAZOO Racingへとつながり、TGRの想いの根幹、思想へとなっていきます。

 

 

2007年、最初はやはり中古のアルテッツァから始まりました。

 

そこからLEXUS LFAをニュルブルクリンクで開発し2010年には市販モデルとしてLFAを世に送り出すまでに至ります。

 

 

 

 

しかしそんな中、大変残念な事が起こります。

 

豊田章男さんの運転の師匠、GAZOO Racingの中心人物、成瀬弘さんがテスト中の事故によりこの世を去ったのです。

 

 

豊田章男社長はその深い悲しみの中、成瀬さんの死からわずか1年足らずでスープラ復活の決断を下します。

 

成瀬さんと共に運転訓練を行なったスープラ、

 

意のままにクルマを操る素晴らしさを教えてくれたスープラ、

 

共に悔しさを味わったスープラ、

 

豊田社長をマスタードライバーへと導いてくれたスープラ、

 

最も親しい友人スープラ・・・。

 

これから先の時代、成瀬さんの想いを受け継ぐ“スープラ”の存在が必要だと感じられたのだと思います。

 

 

 

 

そこから8年、BMWとの協業や様々な難題を乗り越え、この時代にA90スープラが『成瀬さんと豊田社長のストーリー』を背負い復活したのです。

 

 








 

去年、ニュルブルクリンクで開催されたVLNレースに豊田章男社長は発売前のA90スープラで出場、ゴールしてすぐ天国の成瀬さんに「我々も発売前のスープラをここニュルで走らせましたよ」と、今のTGRをスープラ復活と共に感謝の気持でご報告をされたそうです。

 

 


 

 

 


 

そして2019年1月14日デトロイトモーターショーにて豊田章男社長のプレゼンテーションと共に新型スープラ ワールドプレミアへ。

 

 


 

「SUPRA IS BACK」

 

 

 

 

 

 

 

 

大変ありがたい事に、A90スープラが復活し、最近では様々なところで全日本GT選手権を戦ったスープラの栄光が再び取り上げられ、またそれを多くのファンの方々に喜んで頂いておりますが、この『成瀬さんと豊田社長のストーリー』が無ければ、スープラの復活も、またこの様な事も無かったでしょう。

 

 

もしかすると、今のTGRがあれば、このスポーツカーが存在したかもしれません。ですがこのスポーツカーの名前は「スープラ」では無かったかもしれません。

 

 

そしたら・・・ね。

 

 

オートサロン2019 TGRブースだって、そこにESSOやAU、フジツーテン、DENSO、あのスープラ達が並ぶ事も無かったし、関谷さん、立川選手とのあの映像も・・・。

 

 

 

だから僕は感謝の気持ちで、皆さんにこの『スープラ復活 本当のストーリー』を伝えたかった。

 

 

2020年にスープラがスーパーGTの世界に復活するわけですけど、そのクルマに乗る選ばれしドライバー達には、このスープラ復活「SUPRA IS BACK」の真のストーリーを一人一人心に刻み戦って欲しいと思います。

 

 

 

そういった意味でスープラは、直列6気筒エンジンFRスポーツって枠にとどまらず、

未来を創りそれを継承してゆくクルマという運命にあるかもしれませんね。

 

 

 

皆さん「SUPRA IS BACK」です!

 

 

大いに盛り上がりましょう!

 

 

それでは2月9日から11日まで開催される、大阪オートメッセTGRブースの「スープラ祭り!」張り切っていこう!!

 

 

ベストカーwebの記事



「なぜ今復活?プロから見た新型スープラの価値と復活の理由」と合わせて読んでいただくと、より深く『スープラ復活 本当のストーリー』をご理解いただけると思います。

 

 

https://bestcarweb.jp/news/57943

 

 




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