いじめらた人が自死を選んでいる。
悲しいです。
僕も、いじめられて、つらくて、自殺しようとしたことがあります。
重傷を負って精神と体に障害が残りましたが、生き残りました。
時々、考えます。
いじめられて死んだ人たちは、死んだあと何を考えているのだろう、と。
僕の両親は、いじめられるのは僕のせいだといい、自殺も迷惑だったといいます。
いじめたやつらも、俺を馬鹿にして大笑いしてた。
いじめられたのも自殺も僕のせい。そう思うとつらいけど、相談できる人はいません。
精神科医は僕はゲームのやりすぎで頭がおかしくなって、自殺しようとしたのだとおもっているようです。
医者にとって、僕は頭のおかしい病人なのでしょう。
だから、いじめられたことは悪いことだからと思って、いまは医師にも言いません。いじめられたことや自殺しようとしたことに罪悪感があるんです。
だから、診察ではいつも医師に話を合わせて、調子が良くて問題ないと言っています。
本当は、いじめを忘れられなくて、毎日つらいのにね。
おかしいよね。
家の外で笑ってるひとがいるだけで、いじめてたやつらに笑われてたことを思い出して、緊張してしまいます。
いじめは隠されるものだけど、僕はそうであってはならないと思います。
嫌がらせなどは罪です。人の心を傷つけるからです。
教師や教育委員会は、できるのだから、すぐにいじめを無くすべき。
なぜ、警察すらも、いじめを明らかにするのに消極的なのか。
政治家も、法律をもっと変えてくれれば、いじめを無くすことができる。
少なくとも、そういうふうに働きかけることや、発表することができるのに。
なぜみんなでいじめを隠すのか。
いじめられている人は、苦しみのすべてを負わされる。
嫌がらせから解放されるには、自死しかないと思ってしまう。
そんな悲しいことは、世の中から消えてなくなってほしい。
でも、それを邪魔する仕組みのようなものがある。
いじめによって成り立っている、なにか。
習慣とか、空気のようなもの。
いじめられた人が死んでも、知らんぷり。
そういう行動をしている人たち。
いじめに、なくなってほしくないんでしょうね。
くそったれ。
人が苦しんで死んでいくのを楽しんで、嫌がらせをする奴らがいる。
いじめるやつらは、全員、死ぬまで刑務所に入っててほしい。
いじめるのが子供なら、成人するまで少年院に入れて、成人したら刑務所に入れるとか。
とにかく、いじめの罪を自覚させることが重要だと思う。