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2023年、8月のお盆休み帰省に、台風がぶつかってしまって大変になりそうですね。
沖縄の台風の影響は、みなさんご存知ですね?
で、昔から多くの方はお盆休みというものを使用して里帰りします。
で、”お盆”ってなんだろう?
子供の頃に、”迎え火”、”送り火”というのを祖母がやっていたことを思い出すと、どうやら亡くなった家族や先祖に関係するようです。
参考にわかりやすいサイトを見つけました。
特に前半にわかりやすい記事があります。
で、これはまさしく、”仏教”が起源となっています。
ここで、少し解説します。
仏教が嫌いな方は、読まなくていいと思いますが、その代わり
”お盆の行事”も一切やめましょう。それが筋っていうものですよね。
これ、冗談で言ってません。私もお盆の行事は参加しません。原始仏教ではこんなことしませんしね。
お盆の起源とは?
先ほど紹介した記事を読んでみると少し見えてきます。
結論から言うと、日本の仏教界がお金儲けのために仏陀の教えをねじ曲げてできた風習であり、言い方悪いですが、邪教の儀式そのものです。
原始仏教の輪廻転生について詳しく話すと、瞑想体験もないくせに知識だけある学者もどきがコメントで絡んでくるので、簡単にだけお話しします(笑)。
人は死んだら”仏様”にはなれません。限りなく100%に近い確率で。仏様(ほとけさま)になれるのは、一生を仏教の激しい修行に捧げ、過去世ですでに仏様になる直前だった類い稀な魂だけです。だから一般人は確率ゼロ。
日本仏教の酷いところは、死んだ魂は皆”ほとけさま”に成れるようです。よく、”成仏する”とか言いますね?おいおい、輪廻転生はどこへ行った??
それを祀る。亡くなったご先祖様イコール”ほとけさま”にしてしまうところです。死んだら極楽浄土に行ける?どんな酷いことしても?もう無茶苦茶なんですよね。原始仏教では、生前に善行を行わなかった殆どの魂は、死んだら”三悪趣”つまり、”地獄”・”動物”・”餓鬼”に堕ちると言われています。その悲惨な未来へ逝った魂を祀るのですか?拝むのですか?供養するのですか?かつて仏陀の弟子が供養したのは、三悪趣へ堕ちた一般の魂ではなく、仏陀への途中過程であり、大変高い徳と神通力・智慧を得た高僧を供養したのです。その弟子の徳が母に還り、母が地獄から早く抜け出せたわけでしょう?
これだけ捻じ曲がったのが今の日本仏教であり、それを全く意識することなくお盆で迎え火。送り火。まさに邪教の儀式。
私はこれを知ってから、こんな愚かなことはしてませんね。供養するなら、本来地獄に堕ちた先祖(失礼)ではなく、仏陀や高僧(日本の仏教僧はほぼ徳が高くないです)・神々にだけなのでは?これ、仏教徒でなくても知ればそういう意味になるのでは?
なぜ死後の世界を信じない日本人が、死んだ魂の転生先を見通せる神通力もないのに、そこに先祖が戻ってきた、とか、またあの世へ戻って行ったとか言うのか意味不明です。もしも輪廻転生が事実なら、お盆の時期だけ、どうやって今すでに生まれ変わった世界から戻れるのでしょう?私たちも何かの生まれ変わりなら、その何生も前の世界に飛び回らなくてはいけなくなりますので、幽体離脱?で大忙し。一体誰が迎えるのでしょうね??😂
”亡くなった祖先や家族を偲ぶのをなぜ否定するんだ!ひとでなし!”
という意見もあるでしょう。それは、
”死んだ方を偲ぶのは大切であり、敬意を表したい”
という、”死後の魂が近くに来ている”・”こちらの話を聞いている”、など、ある意味自己満足の思想であり、否定はしませんが、他人に強要するのはその宗教(?)の押し付けであり、そもそも仏教でもない、お盆という変な文化の押し付けでしかありません。線香をあげる、手を合わせる。それはもちろんご自由に。亡くなった方の良い点を思い出すことは悪くありませんが、形にするのはそれぞれの自由ですよね?しかし最も大切なことは、今生きている方々を大切にすることでは、と思います。
黙祷・追悼という文化も調べるとわかりますが、仏教とは関係のない(むしろ矛盾した)、不思議なしきたりです。
例えば○回忌という行事は、死者の魂を鎮めるという、仏陀の教えである”輪廻転生”を真っ向から否定する、日本仏教が作り出した金儲けの邪教儀式でしかないですよ。死者に対する行いは、死後の魂の中間状態を見通せる、とても霊性の高い仏教の高僧が死後49日間(この間に転生すると言われる)の間のみ、魂の道案内をするという意味がありましたが(転生したら元の世界へなど戻れませんね)、それをお金儲けのために”○回忌”という概念を勝手に作り、何も知らない遺族から多額の布施という名の大金を巻き上げているのが現在の日本の仏教僧の姿。完全に騙されてますね。こんなこと言っても古い考えの人ほど猛反発しますがね(笑)。
と言うことで、お盆の飾り物・儀式は、真の仏教ではなくお金儲けの産業が産んだ紛い物。仏教信じても信じなくても意味なし。まさに思考停止の日本人のしきたりの代表です。
帰省自体はお休みが取れるのなら、それ自体はいいと思いますが、そのお盆の儀式のためにしたり、”お盆だから休むんだ”とばかり旅行に行って台風の被害で散財するなら、まさに思考停止人間。無知の極みです。
神々に反逆したニムロドを祝う、12月25日のクリスマスと同じことですよ。”楽しく祝えればそれでいい?”そう思うなら何も言いません。宗教的儀式というものは、たとえ知らなくても良くも悪くもそれを行なった本人に必ず影響を与えます。どうなってもいいのならどうぞ(笑)。詐欺に騙されるよりも恐ろしい、邪な心や貪りによって人を欺く悪魔の儀式。たとえ悪気はなくても無意識にやることで、いつまでも不運は付きまといますから。私は嫌ですね、こんなの。
そしてまともな方で、意味を知ったらお盆なんて祀るのやるのはやめましょうね。