今朝月のものが来たからカレンダーにメモして、先月の確認したらマークがないんだけど…。え、先月来てないの?!(;゜0゜)そうだっけ…??来たような気もするけど証拠がねえ。
人間は体のいたみを優先させるらしく、筋とれすると思い悩む時間が少なくなり、悪いことを反芻することもなくなるとか。私も体を鍛えていためつけようかな…。いうほど簡単ではないと分かってるけど。やりたいという気持ちはある。
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ぎれんほーくのさうすぽー見た。
事故起こすまでの流れが苦しくて良かった。奥さんが亡くなるシーンは泣けた。
いやがる娘に面会したがる主人公に「娘さんの問題だから(だから仲良くしようとしつこく迫るな)」というトレーナーさんのセリフがよかった。
親は責められることを黙って受け入れなければいけない時はあるよなと思った。
自分と娘さんが重なったわ。
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コロナ禍以来(4、5年ぶり?)にハハのじっかに行き、おば4にお話しを聞いてもらった。
思っていたよりもちゃんと聞いてくれた。
やはりハハに対する「愛情はあったから!」っていう謎フォローはあるけど。
歳のはなれた妹だから仕方ないのかもしれんが。
「みんな色々苦労はあるから!」っていう言葉も好きじゃないが。
乱暴な一般化は本当嫌いです。それで黙殺したいだけでしょ。
嫌なところばかりあげつらってますが、感触はかなり良かったです。
味方にはなってくれそう。。
長年の大人不信があるので、慌てずいくか。。
気がかりだったことをこなせてほっとした。
タオルを忘れるヘマをやらかしたが。
その勢いでセンセーにでんわしたい旨をラインしたら、明日出来るらしいので電話します。
おじ3が早速帰りたいらしくてわろた。素直やなあ。
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「愛情」という言葉は「愛国心」とか「強い国」とか「美しい国」とかいう言葉くらい空虚で中身がない言葉だと思う。
今日おば4やソボに「でもおかーさんは愛情は人一倍あったよ!」などと言われて、よりその認識は深まった。
うちのハハを擁護する時、ひとはみんな「愛情」を引き合いに出すが、その愛情とやらはどうやってはかるものなの??
じゃあ、愛があればなにしてもいいのか?私が嫌なこともしていいのか?子どもの権利も無視して、縛り付けて、認識を歪めて、好きなようにコントロールしていいのか??
「愛情」って、その薄ぼんやりした言葉はなんだよ?
愛国心ってなんだよ?国のためにしねれば愛国心あるの?人に強要されるものなの?自然発生的なものであって、結果でしかないだろ。
結局、愛国心も愛情も、都合がいいから出してくる言葉なんでしょう。
「でもおかーさんは愛情があるから!」「でもおにーちゃんはあんたのこと大好きだから!」って言われるたびに、無力感ばかり感じさせられてきた。
愛情というのは、行動で示されるものであって、「愛情はあるから!」と言ったから「ある」ことになるのか??
それは私を自分の思い通りに動かしたいだけでしょ?
口ばっかりのえらいさんも、ハハも、一般的なものさしで測ってはいけない、常軌を逸した人種なんだよな。
ふたことめには「愛情があるから!」ってまわりの大人に言われて、何も言い返せなくなって、泣き寝入りしなきゃいけないこどもだったよ。
愛情という言葉には、無力化しかされたことがない。私を追い詰めてきたことしかない。呪いのような言葉。人を抑えつけるにはうってつけの言葉。こどもを黙らせるにはてきめんな言葉。
最強の言い訳ワードだと思う。
それだけ、「愛情」というのはハハとしてのアイデンティティに必須の要素なんだろうね。
母親という存在を正当化できる。
そんな幻想は搾取する母親の側にだけ都合が良くて、こどもの側には迷惑でしかないんだよ。
ないものを「ある」と言われて、それを内面で思い込まなきゃいけないこどもがかわいそうだろう。
もうおかーさんをフォローする言葉は聞きたくない、とちゃんと主張したよ。
どれだけ悪影響でも「愛情なんだ」と思わなきゃいけなかった子ども時代は、悲劇でしかない。
おば4に「私たちが追い詰めてたんだね」と言ってもらえて救われたところはあった。
私はハハに「愛していない」と言われたかった。
だからふろむの本で、「愛していると頻繁に口に出す人は、愛していないからこそ口にする」というような言葉を読んで救われた気持ちになった。
ハハは嘘しか言わない。あの人は自分すらも騙している。私は子供を愛している愛情深い素晴らしい母親なのだと思い込ませている。
そのために私は育てられて、あの人の「素晴らしい親」の証明のために生かされていた。