ようやっとたいふーは収まりました。日常が戻ってくるかな…
さいと放置、楽々出来るようになってきて楽しいです。
2年前くらいに、森で20個くらいさいとを作ったことがあり、そこまで行くと放置せざるを得ないわけですが、それよりはるかに成長してて嬉しいです。
まだまだそうさくとの関係性がわかってないので、ほどよく距離を取りつつ知っていきたいです。
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ダメだな。私人付き合いできないのかも。関係を構築できないわ。
まだ距離取っちゃだめか?これから信頼積み上げていくんじゃダメなの?
というか、まだあなたがたにもトラウマがあるから、人を介してじゃだめか?
少しずつじゃダメなのか?
ためし行動かと思ってしまう。私は、大人がこどもを成長させようとしてわざと(こどもにはバレバレなのに)困難な要求をしてくるのがだいきらいなので、それにしか思えなかった。
こういうところが嫌だった。
やはり分かり合えないのか?
わかってもらおうというのが身勝手だったのか。
自信無くなってきたわ。やめたくないけど、苦しいだけは嫌だからなあ。
それひっくるめて全部主張したい。私はこうだからと言うしかない。
引っ込んでいてはどうにもならない。1人では変われないなら、見苦しくても向かって行くしかない気がする。
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傷を抱えたまま生きてる人というのは、「生きる理由」を欲しがるのかもしれない。
それは「痛みの理由」が欲しいから。これだけ痛めつけられる理由が欲しい。
納得したいんだろう。そうでなければ、理不尽な暴力に耐えられないからだ。
生きると言うのは前向きでなくてはならないから。
病んだひとというのは、傷のない健全な人間にとっては必要ないんだろう。
自分を良くしてくれる人を求めるのが健全さなのだろう。
私は学生時代、いきる理由を本当に悩んでいたので、今はそう考えたりする。
まだまだ考えてる途中でしかないが。
今わかるのは、苦しみや傷を正当化してはいけないということかな。
それが癒えたり、どんなものなのか理由などが腑に落ちた時に、かさぶたになってくれるのかもしれない。
自分の傷や痛みを正当化することは、人を傷つけることも正当化することになってしまいそう。
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やきうは、じもとほど怖くて見れません…。
すぽーつは、応援する対象ほど見れないタイプです。敏感すぎる。
そもそも緊張しいなんでね…。プレイヤーとしてなんてぜったい無理だな。
そんなわけで、自県の夏は本日おわりました。。おばとの事で悩みすぎて見てませんが。。
さ、どこ応援しよーかなー。
肌荒れが辛いので、調べてみるかー。血が出てるのよね…。
みだしなみをどうにかしたくて、色々ブクマしてるけど、見れるかな。
少しずつでいいから、知りたいよね。。
おば(ハハのいもうと)とどうしたらいいか分かりませんでしたが、まだ2回しか話してないので、焦らずいこうと思いました。
明日話します。