この巻に収められている『黄金時代』『三十而立(三十にして立つ)』『似水流年(歳月流るる如し)』『革命時期的愛情(革命時代の愛情)』『我的陰陽両界(ぼくの陰陽両界)』の背景はいずれも文革時代がメインである。
文革時代を描いた小説というと「暗い」とか「悲惨」とかというイメージがつきまとうが、王小波の小説で描かれる文革にはそのようなイメージはない。主な登場人物が若いということもあるせいだろうが、そこにあるのは自由でどことなく退屈な日々とそんななかで発生する個人的なさまざまな生活上の事件だ。それらの事件や人物に「暗い悲惨な」文革を象徴するようなイメージを王小波は被せたりはしない。
これらの作品のなかで一番完成度の高いのは『黄金時代』だ。雲南の農村の生産隊での生活を二十年後に振り返る形で語られる一風変わった恋愛小説で、二十一歳の知識青年(知青)、王二と生産隊の二十六歳の女医、陳清揚の出会い、出奔から別れまでが生き生きとユーモラスに描かれている。
『歳月流るる如し』は七、八年前ぼくが最初に読んだ王小波の小説で、その後ぼくが王小波の全作品をこの全集で読むきっかけとなった中篇であり、王小波の小説で最も好きな作品の一つだといえる。この作品には、壁新聞を貼っていて股間を蹴られ、亀頭が腫れあがったアメリカ帰りの李さん、その李さんを好きになった女の子、文革で批判されビルから飛び降り自殺した賀老人、食いしん坊の劉老人など個性豊かな人物が出てきて、彼らが繰り広げる悲喜劇は生命への賛歌となっており、何度読んでも飽きさせない。
『ぼくの陰陽両界』は今回読んで、改めて好きになった。王小波の作品でよく描かれる、「詩の世界」への郷愁とでもいうものが、インポテンツになった中年男の描写を通じてユーモラスに表現されている。
『王小波全集 第四巻 中篇小説 黄金時代』
譯林出版社2012年9月第3次印刷