先だって福田恒存の『人間・この劇的なるもの』という切れ味が鋭くて胸がわくわくするような批評を読み、感動はしたのであったが、結局はそれが自分にとって切実なものではないと感じ、がっかりして、次に何を読もうかと思って本棚を眺めていたら、この『満州事変 ―政策の形成過程』が目に入った。

そうだ「おれは……おれは……」と自分のことにこだわる文学書ではなく、客観的に物事を考える学術書で頭を冷やそうと思って読んでみた。この本は十年ほど前に読んでいたのだが、あまり印象には残っていなかった。

これは書名の通り、満州という特殊な国ができてしまった過程を丹念な資料の掘り起こしや聞き取り調査を通じて、解明しようとしたものだ。ぼくには難しい内容だったが、ともかく満州という国ができていくアウトラインだけは知ることができてよかった。それにもまして、筆者の問題解明に対するひた向きで謙虚な姿を行間から感じることができ、『人間・この劇的なるもの』を繰り返し読んで悪酔いした頭を冷やすことができたのは何よりであった。

緒方貞子はこの本の結論の最後の部分で次のように綴っている。

《政治謀略が是認されている政治制度のもとでは、効果的でかつ責任ある政策決定は行われ得ない。たとえ日本において統帥権独立の問題が克服され、文民優位の原則が確立されたとしても、中央の統制の及ばない領域が広汎に存在するかぎり、政策の決定とその執行について政府ならびに軍当局が完全な主導権を確立することは出来なかったであろう。要するに、日本軍部はその行動の全領域を合理的な支配体制のもとにおいてはいなかったのである。上述の如く、中央の統制の及ばない領域が存在したため、権力をめぐって対立する諸勢力がそれぞれの立場を対決し合う必要性が減少し、それがまた統一された政策決定構造の発達を妨げたといえよう。かくして、満州事変以後に残されたものは、合理的で、一貫した外交政策を決定、実施することの出来ない「無責任の体制」だけだったのである。》

 「政治謀略が是認されている政治制度のもとでは、効果的でかつ責任ある政策決定は行われ得ない」と言い、「中央の統制の及ばない領域が存在したため、権力をめぐって対立する諸勢力がそれぞれの立場を対決し合う必要性が減少し、それがまた統一された政策決定構造の発達を妨げた」とも言い、結果として「無責任の体制」になってしまったと言う。

頭を冷やして自らを振り返ってみると、人生の最終章を迎えた今日までぼくはこのような制度や権力の問題について思考を巡らすことがなかったことに気づく。

最近はどんな本を読んでもあまり元気になれない。老眼で目が疲れるだけだ。

 

『満州事変 ―政策の形成過程』緒方貞子

 岩波現代文庫 2011818日 第1刷発行