じましい人物に寄り添いながらも、そのような人物を厳しく批判する目で描いている『抱擁家族』を最高峰とする諸作品が発表されてから、六、七年たって発表された短篇が12篇収められているこの短篇集『ハッピネス』をほぼ半世紀ぶりに読んでみた。

半世紀前は若かったというよりも子どもだったので、ずいぶん背伸びして分かろうとして読んだのだっただろうなと今になって思う。ただ『抱擁家族』のころの書き方とは違っていることは感じていたはずで、これらの作品はチェホフの作品のように粋でしゃれていると思ったように記憶していた。

そのような記憶があったので、しゃれた雰囲気が楽しめるかと思って、一通り読んでみたが、しゃれた感じはせず、幾つかの作品は『抱擁家族』のころの作品よりもむしろ読んで息苦しい感じがした。

息苦しいと感じたのは登場人物に対する小説の語り手の距離の取り方が一定ではなく、寄り添っていたかと思うと、冷たく突き放したり、また寄り添ったり、あるいは語り手そのものを突き離したようにしたりしており、結果的に人間というものの分かりにくさがより生々しく伝わってくるせいだろう。

小島信夫が書いたものにぼくが引かれるのは人間の分かりにくさというものを分かりにくいままに伝えてくれるからだ。

 

『ハッピネス』小島信夫

講談社 昭和49128日第一刷発行