『小島信夫全集4』には昭和12年から昭和32年の間に発表された短篇20篇が収録されている。

 すべて45年ぶりの再読ということになる。小説のタイトルこそ、昔馴染みの友人の名前のように覚えていたが、内容は軒並みほとんど忘れていた。

 それでも『燕京大学部隊』『小銃』『丹心寮教員宿舎』『アメリカン・スクール』などは今回読んでいて、かつて読んだときに感じたことをあれこれ思い出すことができて懐かしい感じがした。

 『城壁』はその内容をまったく覚えていなかったが、今回読んだ20篇のなかで最も印象に残る作品になった。

 小説には中国北部の城壁に囲まれた街に駐屯している日本軍の将兵たちの「時々共産軍に襲われることをのぞいては、平和な日々」に出現した頼りなさ、不安な気持ちが描かれている。例えば次のように。

 《一人ずつ城壁の上を敵よりも景色をながめながら歩きはじめたり、すっぱい匂いのする住民の家へ一歩足をふみこんだりすると、とたんに何ともしれぬ、頼りない気分におそわれるのだった。》

 そして、このような頼りなさ、不安な気持ちがもっと象徴的な形で現れる。ある兵士が城壁で囲まれた街の中で子どものように迷子になってしまったのだ。彼は道に迷い、帰れなくなり喚いているところを現地民に発見されて連行されてきたが、その後も、彼のように迷子になる兵隊が次々に現れてきた。そして最後には部隊長までもが迷子になってしまう。

 最初に迷子になった兵士が言う。

 《「……『城壁』が気づまりでしたわ。他人の家に忍びこんでいるみたいな。それにわっちは、今迄向うの兵隊には一度も出会ったことがないもんで、こう銃をつきつけて、わっちにむかって、くるやつを知らんもんで、ほんとに人の家の囲いの中に居候をしているみたいな気がしておったんや」》

 彼は日本へ帰りたいとまで思うようになっており、部隊全体も次第に、日本に帰れるかもしれないという帰国熱につつまれるようになる。

 一言でいえば小島信夫の小説によくある荒唐無稽なストーリーで、このような小説を好む人は少ないのだろうけれど、ぼくはこんな作品がわりと好きだ。なぜ好きなのかというと、そんな荒唐無稽な話がぼくにとって切実な何かを呼び起こしてくれるからだ。その切実な何かとは日々の生活においては忘れ去られているのだが、ちょっとした拍子に突然身に染みて感じる真実とでもいった類いのものだ。

 

『小島信夫全集 4』講談社

昭和四十六年五月二十日 第一刷発行