毎晩、A4の紙一枚分と決めて、ほんの少しずつ続けている小説の翻訳が今夜は比較的早く終わったので、何かあまり長くない映画はないだろうかとネットで探して、この『人生フルーツ』というドキュメンタリーを観ることにした。

 夫婦の静かで充実した晩年の生活風景に魅了されてしまった。

 愛知県の高蔵寺ニュータウンの片隅で、それほど広くはない自らの土地に木を植え、野菜や果物を育てて、ほとんど自給自足のような生活を送る90歳の夫(津端修一氏)と88歳の妻(英子さん)の日々をカメラが追う。

 この二人の静かな晩年の生活が単なる「羨ましい晩年」を描くことにとどまっていないのは、二人の人生の歴史の一こま一こまが古い写真によって巧みに再現されているからだ。英子さんは津端氏が学生時代に下宿していた大家の娘だったことも分かる。

日本のどこにでもあるようなこの高蔵寺ニュータウンが実は津端氏が現役時代、そのコンセプトの設計に中心的存在の建築家として加わった街であること、そして自らもそこに50年にわたって住み続けていることが紹介される。このニュータウンに津端氏は自然をうまく取り込んだ新しい街をつくろうとしたのだったが高度成長時代の経済優先の社会はそれを許さなかった……。

 人生の最晩年に、津端氏は偶然老人ホームの設計に加わることになり、そこに自然と調和した人間の生活というアイデアを盛り込むことができた。

ある日、津端氏は眠るようにして亡くなり、英子さんはその亡骸に向かって、寂しいだろうけれど自分もすぐ行くから待っていてね、と自らの悲しみと寂しさを抑えて静かに語りかける。

夫の死後、台風が来て、荒れてしまった家や庭を片付け、修理するのを娘が一緒に手伝ってくれるシーンが終わり近くにある。

 作品の最後にキャスト紹介の字幕があり、観ているとナレーション、樹木希林とあった。この羨ましい晩年を描いたドキュメンタリーに嫌みというものがないのには、彼女のナレーションも一役買っていたのだ、と納得した。

 

監督:伏原健之

音楽:村井秀清

201712日公開