もし、このような記事を読んだ方が自分がグーミンであることを自覚したとき、少しでも考えを改め、奴隷状態から脱し、グーミンでない人になりたいと思ったのなら、今まで与えられてきた情報というものはすべてリセットし、真の情報を自分から探し、調べ、自分の努力で得た情報を分析し、可能なら知識を実践し活かすことだ。聖書の言い回しは、難しく宗教的だと思う方もいるかもしれないが、あえて新約聖書口語訳から、以下のような言葉を引用させていただく。
パウロ書簡のコロサイ人への手紙 第3章
しかし今は、これらいっさいのことを捨て、怒り、憤り、悪意、そしり、口から出る恥ずべき言葉を、捨ててしまいなさい。互にうそを言ってはならない。あなたがたは、古き人をその行いと一緒に脱ぎ捨て、造り主のかたちに従って新しくされ、真の知識に至る新しき人を着たのである。
神や造り主のことにまで考えが及ぶことは難しい、と感じる方も多いとは思うが、落ち着いて読めば、「真の知識を得ること、それは人格を新しくすることと切り離せない」のであることが真理であるいうのは感じられるはずだ。新しい知識を取り入れ、自分のものとするには今までの言葉は捨て去らなければならない。
「本当のことはよく知らないけれど、今は具体的に大きな問題がないからグーミンのままでいいんだ。生活は全体的にうまくいっているし。」
といいたい人も多いだろうが、そういう人まで私は救いたいとは思わない。そのまま悪魔にみじめに殺されるのも一興だと思っている。グーミンよりも悪魔の方が知力に圧倒的に優れているのだから、気づかないうちにだまされ、「もう助からない状況」になったとしても文句を言える道理はないのだ。
私は情弱な親というものは毒な親だと思う。子どもが可哀想だ。子どもに対して罪悪感すらも持たない。そういう親にかぎって、ワクチン被害が子供におよび、被害が自分の家の番になったとき、ワクチンを打たせた親の指示の責任を全面的に放棄し、社会のせいにし、医療機関や国に損害を賠償請求する。しかしそんなことは計算ずくの悪魔に容易かつ狡猾に却下、放置され、賠償金さえ手に入らないはずだ。
パウロ書簡のコロサイ人への手紙 第3章
しかし今は、これらいっさいのことを捨て、怒り、憤り、悪意、そしり、口から出る恥ずべき言葉を、捨ててしまいなさい。互にうそを言ってはならない。あなたがたは、古き人をその行いと一緒に脱ぎ捨て、造り主のかたちに従って新しくされ、真の知識に至る新しき人を着たのである。
神や造り主のことにまで考えが及ぶことは難しい、と感じる方も多いとは思うが、落ち着いて読めば、「真の知識を得ること、それは人格を新しくすることと切り離せない」のであることが真理であるいうのは感じられるはずだ。新しい知識を取り入れ、自分のものとするには今までの言葉は捨て去らなければならない。
「本当のことはよく知らないけれど、今は具体的に大きな問題がないからグーミンのままでいいんだ。生活は全体的にうまくいっているし。」
といいたい人も多いだろうが、そういう人まで私は救いたいとは思わない。そのまま悪魔にみじめに殺されるのも一興だと思っている。グーミンよりも悪魔の方が知力に圧倒的に優れているのだから、気づかないうちにだまされ、「もう助からない状況」になったとしても文句を言える道理はないのだ。
私は情弱な親というものは毒な親だと思う。子どもが可哀想だ。子どもに対して罪悪感すらも持たない。そういう親にかぎって、ワクチン被害が子供におよび、被害が自分の家の番になったとき、ワクチンを打たせた親の指示の責任を全面的に放棄し、社会のせいにし、医療機関や国に損害を賠償請求する。しかしそんなことは計算ずくの悪魔に容易かつ狡猾に却下、放置され、賠償金さえ手に入らないはずだ。