これまでは私の内科的な健康のことをお話してきました。

 

今日から何度かにわたって、今度は外科的なことを考えてみます。

 

 

初めてのぎっくり腰は、40歳の時、口惜しさいっぱいです。
秋も遅くなった頃、そろそろ暖房が要るなあと物置に薪を取りに行って、
何気なくかがんだとき、来ました。
ぐりっ!という感じがして腰に激痛です。

 

あれ? と思っても、この時はまだ動く余裕がありました。
もしかして、これか? ということであわてて仕事をやめ家に戻りました。
じっとしていても痛みが続くのでついに布団に入り横になりました。
からだの向きをいろいろ変えて楽なところでじっとしていました。

こういう時は無理をしてはいけないと聞かされていましたから、
ひたすら安静です。


昼飯も食べずに寝ていても、それで良くなるほどぎっくり腰は甘くありません。
トイレに行ってただ小さいほうをするだけでもがくっと来そうになります。
まして、大きなほうは大変でした。

踏ん張れない。
手が届かない!
どうしようか悩みました。


時間はたっぷりありますが、一瞬の痛みに耐えて拭き取るにはどうしたら良いか。

息を止め、目をつぶって(関係無いような気がしますが)、一回目!
そりゃあきれいにはなりません。
しばらく休憩してから、二回目!
完全ではないが病人だからこれで良しとしよう、とそれで止めました。
アブラ汗びっしょり。

 

這うように布団に戻ります。
ほっとしても眠れるはずがありません。
仕方がありません、読んでいない文庫本の中から司馬遼太郎の「花神」を読み始めました。司馬遼太郎は初めて読みました。
おもしろい!
こんな書き方があるのかとそちらのほうにすっかりはまってしまいました。

 

話はそれますが、この「花神」を読んでからしばらく司馬遼太郎から離れられなくなりました。何年もの間ほとんど司馬遼太郎ばかり読むことになったのでした。

 

午後に学校から帰ってきた娘は、アレレというばかりです。
いつもなら家にいるはずのない父親が布団で横になっていることに、
何がどうなったのかという驚きの顔でした。
勤めから帰ってきた妻は、まあこんなこともあるさ、
ということでそれほど驚いた様子もありませんでした。

 

こうして一日目は家族にも理解され、二日目です。
寝ているほどひどい痛みでもないので、起きて引き続き「花神」を読みます。
大村益次郎の冷静沈着な情勢分析、指揮ぶりが際立っています。
明治にこんな人物がいたことを知らなかった自分の不明を恥じながら、
本当に楽しめたのでした。
不幸中の幸い、というヤツでした。

 

三日目から少しずつ仕事に戻ることが出来ました。
しかしぎっくり腰は一年後にさらに悲惨なことになりましたが、
この時はこれで収まりました。

 

さて、ぎっくり腰は昔から一般的な故障です。
特に木工家だけがこんな故障をする訳ではありませんが、
逆に木工家は大変納得のいく原因を持つ職業と言えます。


日常的に不安定な姿勢で仕事をし、しかも固定的な時間もあります。
前かがみ、横ねじれ、中腰、等々腰にかかる負担はいかにも「ぎっくり腰になって下さい」というようなものです。

 

これを「職業病」と呼ぶにはやや無理があるかもしれません。
かといって、そうではないとも言えないのです。
何とも微妙なところです。
私たち木工家は「労災」などと言うことはありませんが、
宿命として受け入れているところがあります。


ベルトをする、整体などで手入れをする、といった自衛措置でしのいでいます。

ぎっくり腰を罹患する度合いが高い職業、というあたりでしょうね。


私はその後、ちょっと気になるとカイロプラクティックという、一種の整体で事前の対策を講じています。