瞳の輝きはチャンスを引き寄せる!!Stylist 澤木祐子さん♪ | 8ランドアップコンシェルジュ 佐々木淳子

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第一回目 


Stylist Office Birth 主宰  

    

バラ澤木祐子 yuko sawaki さまバラ


1話は・・・魅力ルーツを探れ!  ご覧下さい。



ジュアンジュン | ブランドアップコンシェルジュ 佐々木淳子


・・・・・2話・・・・・


宝石赤15歳~24歳  高校生から10年間の思い出は?宝石赤



高校3年生の時、

みんなが受験勉強しているとき、

私はスタイリストになりたいと思っていたので、

学校が終わって、夜間にメイクの学校に行っていました。

 

イマーゴ「松永たかこ」メイクアップスクール、

先生が藤原美智子さんでした。


今、雑誌やテレビでこれほど活躍されている方に、


あのとき教えて頂いたことは宝物ですよね。


スタイリストになってから

何度かお仕事をご一緒させて頂いています。




メイク学校が六本木にあったので、

夜は六本木に行ってディスコで遊ぶ、


土日は、原宿 今はなきセントラルアパートの中の、

「レオン」という喫茶店に行っていました。



そこは、業界人のたまり場、糸井重貞さんとか、

有名な広告関係の人がいっぱいいました。


「私は、ひたすらスタイリストになりたい!」と語っていました。


「何しているの?」と聞かれ・・・


「今は高校生だけど、卒業したらスタイリストになるの!」

答えていましたね。


知らないとは、恐ろしい!!何でも言えちゃう!!




夏休みには、犬の世話のアルバイトをしていました。

大人のためのメンズ&レディースカジュアルの

パパス&マドモアゼルノンノのデザイナーの荒牧太郎さんが、

奥様(スタイリスト フーチさん)と、

夏になるとパリに行くわけです。


明治神宮前で拾った、神宮と言う犬の世話のアルバイトを頼まれ、

太郎さんの家に、芸能界の友達とお留守番をして、

原宿という街を堪能していました。




19歳の頃は、マンションメーカー、アパレルの走りの時期で、

マンションの一室からアパレルを作り出したと言われた時代。 


BATSU」というブランドがあって、

松本留樹社長 奥様 留美子さんと知り合い


「瞳が輝いてるから「BATU」に入らない?」

お誘いしていただきましたが、お断りしました。



「私はスタイリストになりたいのです」と言って(笑)


BATSUの社長が、水戸のサントピアの顧問をしていて、

「ファッションビルの広告をやってみる?」と聞かれ、

すかさず、「やってみる」と答えていました!


何年かポスターのお仕事をやらせていただいていました。

その後、

「ラフォーレ原宿のポスターのスタイリストをやってみる?」と聞かれ、

「やってみる!」と言っていましたね。


ポスターのモデルさんの中に今井美樹さんがいました!


宝石ブルー ご自身の金銭感覚について、教えてください。宝石ブルー



19歳で家から独立して、

原宿に住みたい!!と思っていたので。

原宿で始めて、お部屋を借りました。




その頃、ファッションビルの広告やポスターの

スタイリストの仕事をやらせて頂いて、

収入が成り立っていたので。


初めて住んだ家では、犬は飼えないと言われて、

犬の飼える部屋を探していたら

「賃貸では無理!」と不動産屋から言われたのです。


そこで、

22歳でマンションを買いました。

犬を飼うために(一人子で犬を飼っていたので)(笑)


今まで働いて貯めた200万を頭金として、

普通では買えないから、

町金融で金利18.7%で3,000万借りました。


だから

金銭感覚は一切なし!!


犬が飼いたいから、そのためにマンションを買ったという。


金利は、なんとも思わなかった。

普通か普通でないかもわからない。

スタイリストの学校も行った事もない、

お師匠さんもいない。

ギャラの交渉もわからない、

金額って言う事もわからない。

お金は、

向こうに言われた通りの金額でやっていました


仕事は、バブルだったので、全然困ることなく!!


そんな感じでしたね。




宝石赤25歳~35歳は、どんな生活・仕事をされていましたか?宝石赤


24歳のとき

高校生の頃の同級生、とっても苦労した子で、彼女の話を聞いて、

すごいな~とず~と思っていて。


22歳のときに買った3,000万のマンションが、

知らぬ間にバブルで12000万の価値になっていて、

彼女から事業をやりたいと相談を受け、

保証人になって欲しいと懇願され、

マンションを担保に保証人になり、印鑑を押しました。


その後、31歳のときに、彼女は破産をしてしまい、

バブルが弾けていたときで、マンションの価値は、


12000万の価値が3000万に戻っていました・・・


丸々残っていた金額を全部かぶることになったのです。


31歳は、ちょうど娘が産まれたときでした。



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この続きは、明日きゃー