久しぶりにスピリチュアル系の記事を書かせていただきます。
もう何だかウンザリもしてるんですがね。
両親は解放期間中全く何事も有りませんでした。
有ったのは私の方で、それは、今日までのブログを読んで頂ければ分かると思いますが、Kの事やら何やらで、結局私が退職する羽目になりまして。
望む結果は全く起こりませんでした。
とにかく、精神的安定は増えましたよ。
ただ、惰性の毎日ですが。
以前は毎日不快や激怒の連続でしたが、、解放ワークのレベルが進むごとに、だんだん気分がかき乱される事が少なくなり、平穏な日々が増えました。
特筆すべきは、金縛りが完全に消失(この三ヶ月起こっていない)が有ります。
でも、魔物は職場で跳梁しております。
期間内に起こった私の酷い状況から判断すれば、浄化反応として起こった事は間違いないです。
その証拠に、期間終了と共に、何にもなくなりましたから。
明らかに、何かのエネルギーが私に作用し続けていたという体感は、非常に有ります。
みぞおちの辺りにいつもモヤモヤした不快な物が有り、それが時々無くなるのですが、その段階で手足に痒みが起こり、発疹が出来、消えたりしました。
これがある段階の浄化の終わりのサインらしいのですが、その直後にまたみぞおちの不快が発生したり・・・・。
未だにそれは時々起こります。
でも、幸せは感じませんね。
これは私がディセンションの中でも、少数派の特殊ディセンションで有るが故でしょう。
何もしなければ、悪いが絶望の果てに死が訪れていただろうというのは、私の過去から現在を振り返り、改めて確信を持って書けるのです。
解放ワークに於いて、例え酷い事が起こるにしても、私の実感では、もしもサポートグッズも、解放ワークも受けなければ、「死」という選択肢、あるいは救いようの無いどん底の人生が道として存在していたと感じています。
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ところで、もう一度、アセンションとディセンションについて書きます。
アセンションというのは、簡単に書けば、だんだん人生が右肩上がりに良くなっていくものだと思ってください。苦しみも悲しみも、過去の記憶として忘却するかもしれません。
次元上昇だとか騒いで居たお花畑が居ましたが、まあ、サイキック能力が発現したり、色んな事が思い通りに行くように感じたり、ですかね。
来世に高次元に転生というのも有るんでしょう。
ディセンションは全くその反対になります。
最後には非業の死かも知れませんし、精神疾患になる人は全員その流れに有るでしょう。
そして、このブログを読んでいる貴方も、ブログのお気に入りにしている人も、みんなその流れのどちらかに属しているんです。( ・(ェ)・)
アセンションの人は、自分が良ければいいと感じます。
ディセンションの人は、他者の苦しみにも共感します。同情心が有ります。
ただ、第三者から見れば異常と感じるタイプも居ますね。
擬似アセンションというのも有って、、看護師Kも、ディセンション側で有りながら、アセンションの「ブロック」の様な物が入ってカバーしているので、「悪事が表面化し辛い、悪事をいくらでも陰で行使し続ける」事が可能なのです。
よく考えれば、私もこの肥溜めの様な職場から、飛翔する、アセンションする(魂やエネルギーの向上から、低次元的空間に存在出来なくなる)のだと解釈も出来るんですが、それは転職後でないと、検証出来ません。
ただ、私の事について、笠原さんから伺った事をお知らせします。
アイムさんのホームページにも書いてありませんが、ディセンション側の人は、他者のネガティブ(失敗、隠し事、犯罪的な事、苦しみ、悲しみや怒りなど)を自分が受ける傾向が有る、というものです。
だから、よく職場で人の失敗の責任を自分が被る人は、ディセンション、もしくは擬似ディセンションの可能性が高い。
私は、特にその傾向が強く、貧乏くじを引きまくりなのですが、その傾向故に、高齢の両親に解放ワークを受けさせても、両親に全く反応が無かったのです。
私は、両親の背負ったものの浄化を、私という人間が肩代わりしたのです。
だから、両親にブレスレットを握って寝てもらうと、翌日気分が楽になるという不思議が起こったのです。
それだけは、両親の為に、良かったと思っています。
そういう部分で、キリストが人類の罪を背負って処刑された・・・というのは、象徴的な意味が有ると思います。
ただ、ですね。
両親も取り立てて変化が無いのですが・・・。
魂のレベルが上がったのか、分かりません。
そのまま・・の感じがしますが。
以前よりは「馬鹿のお人よし」が改善されたような気もしますが。
両親とも、癌の家系なので、その運命(ブループリント)を破壊するのも、目的の一つなんですが、少しは運命変換出来たんでしょうかね。
でなければ、困る。
それとですね。
このワークは、悟りに近づくのが主たる目的。
要らぬもの(信念、トラウマや、価値観、あらゆる精神的ブロック)を捨て、楽になる、魂やエネルギーの波動を上げ、悪いもの、ネガティブな事柄から離れ、真の自己を追求するもの、であるはずなのですが、あまり変わっていないどころか、ますます朝鮮人に対して嫌悪感や侮蔑感が増してきているのですが。
何故でしょう。
二元性から脱却するどころか、中韓に関するものに対してもう目にしたくない、聞きたくない、こっち見んな!としか思えないし、看護師Kに対しては、早く死ね!
としか思えないのですが。
てか、早く死ねよ。キド!