”実は、古代のマヤの暦には…”うまく例えているなあと思います!ふと、偽札の罪という話を思い出しました。オモチャのお札は誰もなんとも思わないでしょう?でも、めちゃくちゃ本物に近い偽札精巧にできていればできているほどそれは、罪深いのではないか?ヌーソロジー的に考えるとこれは、とても面白い視点。ヌーソロジー的でなくても面白い視点だと思いませんか?