わかるものはわかる、
わからないものはわからなくてよい。
この意味が、
捉えづらいかもしれません。
わからないものを
そのままにしてどうするのだ、
これが疑問として浮かび上がる
ということかもしれません。
ところで、
問題は、
この場合、教科のなかの問(とい)
の意味ですが、
それは、受験の世界では
いくらでも難しく作れます。
今、手こずっているもの
これは、
今やっても、
意味をなしません。
むしろ、
逆効果。
理解ができません。
そのようなものは、
親が、
これこれ、ほにゃらら
と
説明をしたところで、
子供には
まず、
伝わりません。
うんうん、頷く、
つまり、聞き流しているだけ、
親は、
頷きに、だまされて、
満足しますが、・・・。
結果、
混乱が起こり、
わかっているものまで、
わからなくなります。
少しの時間で、
もしくは
少しの、ちょっとした手助けで、
できるようになるものを
やる、
それが正解。
それ以上深追いすべきでは
ないのです。
その問は、
たまたま、今出会っただけ。
同じクラスの皆に
課された宿題なだけ。
みんなやっている、
それは、関係ありません。
おそらく、
多くの子は、
その問に手こずっています。
すると、
それを避けて通ること、
それがむしろチャンスなのです。
少ない時間で
効率良く過ごすと、
心もからだも
健全でいられます。
勉強とは、
全て
テストでどう点数をとるか
の考え方をすべきだから。
勉強の捉え方は、
それに、
かかっています。
ここにもおそらく
誤解が生じます。
テストで点数をとるなら、
全てできるようにしなくては!
っていう発想ですね。
これが実は大きな間違い。
間違いというよりも、
勘違いですかね。
ほとんど誰もがしていますが。
その勘違いを
避けて通れれば、
断然効率が上がります。
できるものを確実に点数に
する、
この考え方が正しい。
減点方式では、完成された
力を見ることしかできません。
まさにこれから
力をつけようとする
その段階は、
全て加点方式でなければいけない。
受験塾の授業内テストでもなんでも、
できるはず、
でも失点、
これが起こりますね。
原因としては、
混乱が生じている、
とか、
確実な得点をする方法を
身につけていないとか、です。
ここを、いかに修正するか、
これが大きな鍵を握ります。
これだけが合否を分けるのです。
つまり、入試当日に
当然のようにこれが起こります。
どうしましょう?、って
その段階では
手遅れ。
確実に得点できないから、
点数にならないのです。
これは、
単に、
習慣の問題。
手こずる問にまで
真剣に向き合っていたら、
確実な得点はなし得ません。
手こずる手前の段階を
確実にクリアしたら、
しばらくすると、
うまく捉えられる
ようになっているものです。
それは、精神的な部分も大きい。
そうやって、
できるものを確実に得点する
を繰り返しさえすれば、
いつの間にか、
できなかったものまで
できるようになっているものです。
考え方、概念的なもの
が固まると、
少し違う問にも
手が出せるようになります。
これが、勉強の仕方であり、
勝ち方というもの。
それしか、方法はありません。
ほとんど誰も知らない現実です。
(続く)